業界よもやま話

Short story

  • 2018年9月1日

世に飛び交う気になる言葉-日本の学校がなくなる-

ある日の散歩

 私は、昼休み、勤務先の周辺を散歩します。オフィスは明治通りから一本入った住宅街にあり、渋谷区立鳩森小学校がすぐ側です。その先には、新宿御苑の千駄ヶ谷門があり、季節ごとに素晴らしいお庭が楽しめます。

 反対方向に行くと明治神宮があり、参拝するもよし、宝物殿まえの大芝生でお昼を食べるもよし、都会の真ん中とは思えない大緑地帯が広がっています。最近は外国人観光客が多くなりました。

 こういう大きなお庭とは別に、住宅街を散歩すると、四季折々、個人のお宅の庭先にいろいろな植物を目にし、祖国が美しい国であることを実感できます。大きな通りを歩くと、かつての玉川上水の遺構が残り、そばには、新撰組の沖田総司が療養空しく若くして逝いた屋敷跡なる説明板がひっそりと歴史を感じさせます。

 最近、住宅街を散歩し、おもちゃ美術館(東京都新宿区四谷4-20 四谷ひろば内)の前を歩いた折、ここはかつて小学校だった建物が、今はこのような施設に生まれ変わって、市民に親しまれているという説明を読みました。廃校になった小学校を利用した施設だったのです。廃校という言葉に、はっと胸を突かれる思いをしました。

 学校が機能を停止する背景にはどのような事情があったのでしょうか。最近、少子化が叫ばれ、産まれてくる赤ちゃんの数が激減しています。子供が減って廃校になったのか、あるいは新宿区のこのあたりは商業地で地価も高いでしょうから郊外に転居する家族が増えたせいで廃校になったのか、などと思いながら少し調べてみました。

 小学校の数を見てみると、昭和61年(1986)に2万5千校だったものが三十年後の平成28年(2016)には2万校になりました。30年間で累計5千校の小学校が廃校になったのです[1]

 一クラスあたりの子供の数は減少し、戦後の一クラス50人編成が現在では30人を割ることも多いと聞きます。ですから学校数は子供ほどには減っていませんが、それでも30年間で累計5千校の小学校がなくなってしまったことに驚きを感じます。

調べてみると、新宿区には、かつて「四谷」を校名に冠した小学校が六校ありましたが[2]、今や、この地区の小学校は三校になりました。廃校になって別の施設に利用されているのは三校あります[3]

四谷地区の小学校の変遷

四谷の小学校 開校 閉校 存続 累積卒業生 校舎の現状 全校生徒数
四谷第一小学校[4]
四谷2-6
明治8 平成14
四谷小に
128年 11,632名 四谷小学校
(三校統合)
453人
(2017年度)
四谷第三小学校[5]
本塩町2
明治37 平成19
四谷小に
104年 10,702名 再開発中?
四谷第四小学校[6]
四谷4-20
明治40 平成19
四谷小に
101年 12,603名 おもちゃ美術館
平成20年~
四谷第五小学校
新宿5-18-21
平成7
花園小に
吉本興業本社
平成20年~
四谷第六小学校[7]
大京町30
大正15 存続 _ _ 四谷第六小学校 310人
(2017年度)
四谷第七小学校
新宿1-22-1
平成7
花園小に
花園小学校
(二校統合)
144人
(2017年度)

 -:不明または該当せず   

 かつて四谷第二小学校は[8]、地下鉄「四谷三丁目駅」と中央線「信濃町駅」の真ん中、外苑東通り沿いにある四谷警察の真ん前の左門公園が、その跡地で、戦争末期にアメリカ軍の空襲で焼け落ち、戦後再建される事なく廃校になったので、戦後生まれの方でも知る人は少ないのだそうです。

 私が見た「おもちゃ美術館」はかつての四谷第四小学校だったのです。笑いの殿堂「吉本興業本社」はかつての四谷第五小学校だったのです。

 

 公立学校(小、中、高)の廃校数の推移をみたのが下図です[9]

 最近十年くらいは、一年でおおよそ、500校前後の学校(小、中、高)が廃校になって行きます。

 

失われる物への哀悼

 明治になって、日本は義務教育を謳い、奥深い山村、小さな島の村に至るまで、営々、小学校を建設してきました。国の未来は小学校に始まるという先見の明がありました。

 小学校は村の中心をなす施設となり、運動会には、子供の成長と活躍を楽しみに村人がこぞって見物にきたものです。里山と田畑と小学校は日本の原風景のようなものであり、~兎追ひしかの山、小鮒釣りしかの川~と「ふるさと」の唱歌に歌い上げられる痛切なノスタルジーの源泉でした。町の小学校にもまた別の風情があって、住宅街の一角に立ってチャイムを近隣に響かせ、子供の歓声の絶えない地区の中心的な施設でした。

 小学校というだけで国民共通の残像が豊かに浮かびます。その小学校が、毎年これほど多く、恒常的に廃校になっていく統計を知って、私は切ない気持ちを抑えられませんでした。おそらく日本中の方がそうなのだと思います。母校が失われる悲しみだけでなく、日本人の心の拠って立つ共通の記憶の原点が次々と失われている気分になるのではないでしょうか。

 とは言え、子供の数が減ってはいたし方ありません。廃校にせざるをえないのなら、残った学校の建物は別の有意義な用途に使いたいと考えるのが皆さんのお気持ちでしょう。こうして「みんなの廃校プロジェクト」 が文部科学省に立ち上がり、譲ってくれる廃校と利用したい人のマッチングを目指すホームページを簡単にみることができます。また、廃校の利用について、公共的な施設、起業した会社の例などが掲示されています。このサイトには立派な学校の写真が掲載され、これが全て、次の用途を待っている廃校かと思うと、胸中、何事か波立つものがあります。

 赤ちゃんの数が減り、子供の数が減り、若者の数が減り、勤労者・納税者の数が減っています。それと同時に、婚姻数が減り、学校が減り、年金の余裕が減っています。日本は大変な国難に突入しつつあることを実感した散歩になりました。

 


[1] 文部科学統計要覧(平成27年版) 1.学校教育総括 http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/002/002b/1356065.htm 
[2] 四谷地区小学校の現状と適正配置への取り組み http://www.city.shinjuku.lg.jp/kodomo/file04_03_00029.html
[3] 新宿区の学校適正配置実施状況 http://www.city.shinjuku.lg.jp/content/000086953.pdf
[4] 四谷第一小学校の歴史 http://www.shinjuku.ed.jp/es-yotsuya/gaiyou41.html
[5] 四谷第三小学校の歴史 http://www.shinjuku.ed.jp/es-yotsuya/gaiyou411.html 
[6] 四谷第四小学校の歴史 http://www.shinjuku.ed.jp/es-yotsuya/gaiyou4111.html
[7] 四谷第六小学校の沿革 http://www.shinjuku.ed.jp/es-yotsuya6/enkaku-01.html 
[8] 個人ブログ http://blog.livedoor.jp/kunisan1957-k.unit/archives/50936891.html
[9] 文部科学省 廃校施設活用状況実態調査の結果について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/01/1381024.htm