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Short story

  • 2018年8月15日

世に飛び交う気になる言葉-孤独を褒める-(その2)

 前回は、世界の各種社会調査の結果、日本人の孤独度が高いと評価されたことをお伝えしました。今回は、孤独が医学的にどのように評価されているのか、見てみましょう。

 

医学的な研究

 ブリガム・ヤング大学(ユタ州プロボ)のホルトランスタッド博士らは、「死 death」、「死亡率 mortality」「生存 remain alive」などの言葉、および「社会的孤立 social isolation」、「孤独 loneliness」、「一人暮らし living alone」などの両群の言葉を含む研究論文を検索し、1980年1月から2014年2月までに行われた研究の中から1384報を抽出し、ここから信頼性が高く事故や自殺による死亡を含まない70報を抽出しました[1]

 研究対象は合計340万7134人、平均年齢は66歳、経過観察期間は平均約7年間でした。63%は健常者、37%は心臓病などの基礎疾患を抱えた患者でした。

 分析の結果、死亡リスクは、「社会的孤立social isolation」によって29%、「孤独感 loneliness」により26%、「一人暮らし living alone」により32%上昇しました。さらに、社会的孤立状態はその客観的な場合、主観的な場合を問わず、孤独感と同じく有害であることが明らかとなりました。つまり、「一人でいても幸せを感じている」と回答した人でさえ、「多くの社会的繋がりを持っているけれど孤独」という人と同じ程度に死亡リスクが高かったというのです。「私は孤独を楽しんでいるので寂しくない」と言っている人でも、そういう孤独は健康に好くないという結果だったのです。

 

今なお続く世界一長期にわたる試験-Harvard Study of Adults Development

 健康に年齢を積み重ねること(健康な加齢)に関する予測因子を特定する目的で、1939年から1944年の期間に、肉体的、精神的に健康なハーバード大学二年生268人が試験に組み入れられました(Grant Study)[2]。もう一つの群に、1930年代のボストンで最も問題の多い貧困家庭出身で、非行に走っていない少年たち456人が組み入れられました。組み入れ時点で、この群の被験者のほとんどは水道設備もないような安アパートに住んでいました(Glueck Study)。

 被験者は米国国籍を有する男性。当時ハーバード大学は男子校でしたから自ずと被験者は男性に限られました。被験者から少なくとも二年に一回は質問表の回答を入手し、主治医から提供される情報を集め、多くの被験者では個人的な面接を行いました。情報は、身体的健康、精神的健康、仕事の充実振り、退職経験、結婚の質について集積しました。

 Grant Study に組み入れられた被験者の四人は後に上院議員となり、一人は閣僚に、一人は大統領になりました(John F. Kennedy)。この試験は、今なお継続される長期間の試験であり、社会的地位が高い被験者が含まれるという点でユニークな特徴を持ちます。

 三十年以上にわたって試験を主導してきたDr George Vaillant は、かつて、この試験から得られた主たる洞察を次のようにまとめました(抜粋)。

  • 経済的な成功は、ある一定の水準までは、温かい人間関係に依存しているが、知能指数には依存していない
    ・温かい人間関係を持つと評価された被験者は、最高年俸で平均141,000ドル以上を稼いだ(通常、55歳から60歳の間)

    ・稼いだ最大収入は、IQが110-115の被験者と、150以上の被験者の間で有意な差はなかった
  • 母との関係が温かい幼年期を過ごすと、成人してからも長く影響がある
    ・母との温かい幼年期を過ごした被験者は平均年俸87,000ドル以上を稼ぎ、母に構い付けてもらわなかった被験者より年俸が多かった
    ・母との温かい幼年期を過ごせなかった被験者は高齢になって認知症を発することが多かった
    ・職業生活の後期、少年期の母(父ではない)との関係は仕事の効率性と関わっていた
    ・少年期の母との温かい関係は、75歳時における人生の満足感と有意な関係がなかった
  • 父と温かい関係の幼年期は、次のようなことと相関がある
    ・成人になってからの不安症の頻度が低くなる
    ・休暇を楽しめる頻度が増える
    ・75歳時における人生の満足感の頻度が増える

 現在の試験主導者 Dr Robert Waldinger は、元の724人の内の約60人が未だ健在で今も研究に参加し、その殆どが90歳代であると言及しながら、この試験の現時点におけるまとめを力強く次のように言っています[3]

 75年に渡る研究からはっきりと分かったのは、私たちを健康に、幸福にするのは、それは富でも名声でも、無我夢中で働く事でもなく、良い人間関係に尽きるということです。

 第一に、周りとの繫がりは健康に良く、孤独は命取りで、家族、友達、コミュニティとよく繋がっている人程幸せで、身体的に健康でも繫がりの少ない人より長生きするという事です。孤立して生活している人はあまり幸せに感じていないのです。中年になり健康の衰えは早く、脳機能の減退も早く始まり、孤独でない人より寿命は短くなります。ここで重大な事は、友人の数ではなく配偶者の有無でもなく、身近な人達との関係の質なのです。

 第二に、被験者が50歳頃のデータを集めると、健康で幸せな80代と中年のコレステロール値等とは関連性がなく、50歳当時の人間関係の満足度で予測される事が分かりました。 50歳で最も幸せな人間関係にいた人が 80才になっても一番健康だったのです。特にパートナーと共に幸福だと感じていた人達は 80代になり、身体的苦痛があっても精神的に幸福だという報告が出ています。

 第三に、人との良い関係は身体の健康だけでなく、脳も守ってくれるという事です。

 ここまで長期間の研究を元に、高齢時の健康と幸福感にとって重要な因子が良好な人間関係であることを強調されれば、孤独推奨者がどう思うのかわかりませんが、日本人はアメリカ人とは違うのかもしれない、あるいは、人間関係の良好なことがいいのに決まっているがそれを得られないからこそ悩んでいるのだ、と何らかの反発があるかもしれません。人間関係は、やはり、若いころから豊かに良好に保つことを心がける態度が推奨されるべきだと思います。

 

おわりに

 一人旅に出かけ、キャンプの夜、犬と一緒に星を見つめ合うことやひとりで焼いた肉を堪能し、あるいは、コースターから一人で絶叫することが悪いわけではありません。しかし、一人でしか、こういう楽しみができないのだとすれば、少なくとも医学的には、健康に悪いといえそうです。

 そういう意味で、孤独だからこそできることがある、孤独は精神的に深い境地に導いてくれる、という孤独を美化する論調よりは、心の許せる友人を持つことが少なくとも健康によいと考えるほうが社会的にも医学的にも健全ではないかと思います。あまり人生観を押し付けるべきではないでしょうが…。

 孤独はいいことだと言うより、孤独はよくないから何とか改善しましょう、社会関係資本を強化しましょう、という姿勢の方が私には率直で良いように見えます。国でもすでに検討を重ねています[4]。英国で、孤立問題担当大臣が任命されたのは2018年1月のことで、私はこの報道[5]に驚いた記憶があります。この問題が、日本でも英国に負けず劣らず深刻なことを知ったのでした。

 


[1] Loneliness and Social Isolation as Risk Factors for Mortality: A Meta-Analytic Review, Perspectives on Psychological Science 2015, Vol. 10(2) 227–237 https://www.ahsw.org.uk/userfiles/Research/Perspectives%20on%20Psychological%20Science-2015-Holt-Lunstad-227-37.pdf
[2] https://en.wikipedia.org/wiki/Grant_Study
[3]  TED;人生を幸せにするのは何? 最も長期に渡る幸福の研究から
https://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness/transcript?language=ja
[4] http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/03/dl/h0328-8a.pdf 
[5] BBC News Japan http://www.bbc.com/japanese/42728308