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よもやま話

Short Story

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  •  2018.05.01

TPPって、なあに(その6)

 前回は、臨床試験の位置づけを踏まえながら、各種の課題をどう考えるか、概略的なお話を致しました。今回は、臨床試験の計画を立てる場合の注意事項を例示しながら、臨場感をもって開発のプロセスをお感じになっていただこうと考えました。

 そして、新薬開発では、異なる科学の組み合わせという大きな特徴に対応するためにプロジェクトマネジメントというスキルが用いられることに触れたく思います。

 

臨床試験の計画立案

 まずは一通り、必要と思われる試験について、実施時期、実施国を考えて計画し、TPP添付用資料として記載していきます。開発の初期は、試験期間や症例数などについて常識的な見積りを仮に書くことから始まります。データが明らかになるたびに、以降の試験の計画が具体的になって、次第に治験実施計画書に近づいて行きます。

 こういうデータになればこのような治験が必要になる、というようなシナリオの形でロジックを書いておくことも、あとで計画を具体化するときに役立ちます。

 治験では、規模、用いる用法・用量によって原薬と治験薬の製造量が決まり、原薬の安定性、製剤の安定性などによって治験薬の保存条件が決まります。薬理試験と毒性試験の結果、あるいは前段階の治験の有効性・安全性によって用法・用量、一日あたりの投与回数(もしかすると一カ月に一回かもしれませんが)が決まります。ことほど左様に、多くの検討結果から次に実施する治験計画の多くの要件が決まります。

 計画は、5W1Hに従い、いつ(実施時期)、どこで(実施国)、だれが(実施主体)、なにを(実施試験)、なぜ(実施の根拠)、いかに(どのような実施計画書で)治験を行うのか最適な計画を立案します。実施計画の詳細は、いろいろのデータが明らかになり、調査が進むにつれ、具体的なものになっていくものですから、それらが明らかになっていない早い段階では、TPPに空欄として残しておきます。記載するための必要事項と、それが明らかになる時期を明記しておけば、空欄を埋める時期を宣言したことになります。治験に要する費用概算や要員計画も明示するよう求められることが多いと思います。

 こうして、TPP作成はデータが出るまえに、“このようなデータが出たら次はこう”、という代表的なシナリオを前もって作成しておくことに他なりません。データが出てから考える、というより、出る前から考えておくという姿勢が身につきます。そうやって準備していても、予想を超える試験結果が、いいにつけ、悪いにつけ、出てくることがしばしば起こります。ある程度の考え方が出来ていれば、予想外の結果にもすばやく対応できるものです。想定を密に広くとっておけば、よほどのことが起きない限り、予想を超えた結果が出ても慌てることはないのです。新薬の開発は驚きと予想外のデータの連続ですが、想定さえきちんと立てていれば、会社としての立場も揺るぎません。見ていて安心感あるいは安定感のある開発とはこのようなことが大きな柱となっているのです。

 

おわりに

 新薬開発に利用されるTPPを例に取りながら、新薬開発の考え方の一端をご紹介しました。新薬の開発は新規化合物の商品化の過程であり、薬でない他の製品と共有するところが多いと思いますが、大きな違いがいくつかあります。たとえば、

① 高層ビルを建造中、最上階を作る段階、あるいは、内装工事に入る段階でこのビルが商品化(完成)出きないという事態に陥ることはほぼないと思います。戦争や、資金調達の不備のような特殊なことが原因でしょう。しかし、新薬の商品化(開発)では、最後の最後の大規模試験で、好ましい成績を出せずに、開発中止になることは稀ではありません。そういう意味で、薬の開発はリスキーであり成否予測性は他の製品より低いと言えます。

② 薬は研究から開発まで商品化に長い時間を要します。企画から半年程度でスーパーの棚に製品を並べられるような商品とは、全く別の発想が必要になります。製品にするまでに要する期間で言うと、薬は二番目の製品かもしれません。一番目は何か、それは太い材木です。百年以上の年月をかけて育った巨木という製品に次いで、商品化までの期間が長いと言えると思います。その間、巨額の開発費が投じられます。

③ 現在、新薬の開発はプロジェクトマネジメントと言われる手法で運営されることが多くなっています。最大のプロジェクトマネジメントは何か、と問うとわかりやすいのですが、それは、戦争のプロジェクトマネジメントだと言われています。いついつまでに、これこれの武器と兵員を、どこそこに集積するというロジスティック(軍事用語で「兵站」と言います)から始まり、これこれの順序でこのように敵に攻撃を仕掛け、どこそこの政府とこのような協定を結んでおくなどの政略的なことまで、多種類の仕事と膨大な作業の積み上げになることは容易に想像できます。

 また、アポロ計画で人を月に送り込む活動も大きなプロジェクトマネジメントでした。大規模建築では間違いなくこの手法が取り入れられているため、プロジェクトマネジメント学会には建設業界の方が多いようです。

 

 こうした性質の異なる業務、要素を戦略的に効率的に組み上げる仕事がプロジェクトマネジメントですが、新薬開発にもこの手法が有効です。商品化にこの手法を用いる製品と、そこまでのことをしないですむ製品とがあり、その違いは、異質の成果の組み合わせが複雑か否かで決まるように思われます。したがって新薬の開発では、質の異なる業務の間を関連付け、ロジックを明確にしておくことが開発リーダーに問われる責任です。TPPはこのような使い方をすることができるツールと言えます。 

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