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よもやま話

Short Story

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  •  2018.02.15

TPPって、なあに(その2)

 前回、Target Product Profile(目標とする製品性能)の概念とおおよその特徴をご説明しました。今回は、いよいよ、各項目を記述するにあたり、どのような考察を加えるのか、具体的にご説明していきたいと思います。医薬品はどのような考えを反映して開発されていくのか、その一端でもご理解いただきたく存じます。

 

TPP作成の視点-効能・効果

 TPP、ひいては添付文書において、特に重要な項目を作成する場合を例にあげてご説明いたします。

 研究から開発段階に上がってきた化合物は、目標とする適応症が想定されているのが普通です。逆に言うと、何の薬になるのかまだわかっていない時点で、開発段階に上げることは多くないということです。ある酵素を強力に阻害する化合物があっても、その酵素がどのような病気に関わっているのかわかっていなければ、何の病気の薬になるかわかりません。そういう場合、もっと研究を重ねる必要があるということです。通常、疾患モデル動物で効いたという薬効薬理試験を根拠に、目標にする効能・効果(疾患、症状)が決められます。

 しかし、目標とする適応症が複数想定されて開発段階に上がってくることはあります。その場合、同時に開発するのか、まず選んだ一つの適応症を目指して開発し、ある時点までいって第二、第三の適応症を目指すかなどの優先順位付けとタイミングの計画が必要になります。

 優先順位をつけるには、市場の大きさ、開発の難易度、成功確率の高低、新薬が医療側から求められる度合いなど、何らかの視点から開発品の将来の姿を評価することが必要になります。

 効能、効果(治すべき疾患)を想定するということはとても大切なことです。たとえば、治験をやる場合にはどのような患者さまを組入れるのかということに関わりますし、市場性を予測するためには、この患者さまは日本で(あるいは世界で)何人くらいいらっしゃるのか見積もることから始まりますし、現在の医療の状況(治療薬はすでにあるのか、それは何か問題点があるのか)を知って開発品の位置づけ(medical positioning)を想定することにもなります。

 家電メーカーでも同じだと思いますが、優れた技術があっても、テレビに応用するのか、パソコンに応用するのか、スマホに応用するのかで、異なる開発があるようなものだと考えれば、わかりやすいかと思います。

 目標とする適応症を決めるには、次のような検討事項が必要です。

  • ◆ この病気に苦しむ患者さまの数
    • これによって市場性の見当がつきます。それは、製薬企業がこの開発品に投資できる金額と関わってきます。患者さまの数は、治験における被験者さまの組入れの速度とも関わる場合があります。

     

  • ◆ 薬価の予想
    • 製薬企業でよく言われるのは、高い薬価のつく適応症から開発するという考え方です。もちろん、開発の難度が低く承認をとりやすい適応症から開発するという考え方もありますが、薬価の高低で開発順位を決めることも一つの考えです。最近の例ですが、患者数が少ないことも理由の一つになって高い薬価を取得した新しい抗がん薬がありました。高い薬価でも患者数が少ないために売上高はさほどのものではないと予想されていました。その後、その薬は、患者数のとても多い適応症が追加で承認されました。薬価はこれまで通りでしたから、大変な売上に膨らみ、保険財政を一剤で食いつぶすのではないかという懸念さえ社会的に議論されることになりました。その結果、通例のやり方に沿わない形で、薬価が半分に減額された事例がありました。
    • 製薬企業の目から見れば、よく取られる開発戦略です。追加した適応症による売り上げ増を考慮され、いずれ薬価が下げられることは予想しておくのが普通ですが、次の薬価改訂時期までは高い薬価で通用したのがこれまでの通例でした。しかし、上記の事例では、その額が余りにも大きく、次回薬価改訂時期まで待てないという勢いで審議されたのでした。しかも、二年に1回という薬価改訂頻度のルールさえ変わり、毎年の薬価改定の道を開くきっかけにもなりました。

     

  • ◆ 売上の予想
    • 新製品を使っていただけそうな患者さまの数と薬価とが想定できれば、製品の売上が予想できます。これは開発会社の投資と見返りを算定する根拠になります。開発が進むにつれ、使っていただけそうな患者さまの予想が精密になり、売上予想も精緻なものになっていきます。

     

  • ◆ 既存治療法の有無
    • すでに治療薬がある領域のお薬を目指すなら、既存のお薬とどう違うのか、どのような長所があるのかを示す開発が必要です。治療法のない疾患に対し初めての薬になることを目指した開発では、患者さま、学会からは大きな期待が寄せられます。初めてのことが続きますからいろいろ苦心が必要になるものですが、有効率がこれこれ以上というような目標とすべき条件はまだ確立していない領域ですから、やりやすい所もあります。
    • 一般的な話ですが、新しい開発の方法論や発売後の認知度を上げる努力は、最初の薬の開発企業が担うことになります。ある企業は、むしろ、二番手を狙う戦略を考えます。一度、第一走者が走ったあとを、その走り方を参考に直後を二番手で進み、市販できれば、すでに最初の会社が耕してくれた市場が広がっているという図になります。これを、Clever second 賢い二番手走者 と言って、この戦略で商業的に大成功を収めた新薬開発の歴史があります。

     

  • ◆ 既存治療が有る場合、その課題
    • 既存のお薬に課題がなければ、それは治療の完成した領域であり、あらためて新しい薬を出す必要性は低いと思われます。新薬の開発とは、既存薬で解決できない点を克服したか、使いやすさが改善されたか、既存品を何らかの点で上回ることが通常、必要です。その目標をはっきりと設定することが大切です。

     

  • ◆ 既存の治療薬との長短比較と住み分け方針
    • お薬の位置付け(medical positioning)とは、こういう患者さまには、こちらの薬がいいという使い分けの基準です。あるいは、この薬を初めに使い、効かなかったら次ぎはこれを、というような使い方の順序の基準です。薬剤がすでに使用されている医療現場にあたらしい治療手段を与えることにつながり、データに基づいて、使い方を丁寧に考え治験で明らかにしておく必要があります。

     

  • ◆ 剤型
    • 意識がない状態の患者さまに使うお薬に経口剤を開発しても困るので、注射が必須です、というような議論があります。乳幼児には経口剤のうちカプセル剤はだめでドライシロップ剤がいいとか、坐剤がいいとかの議論が必要なことはわかりやすい例だと思います。あるいは、生活習慣病の薬で経口吸収性が低く経口剤にはなりにくい候補品は、開発できる余地は少なくなります。そこで、そのようなお薬は、経口剤ではないが、三ヶ月に一回注射すればいい、というように、実際的な投与ができるような製剤がなければなりません。

     

     このように、狙う適応症が決まれば、そのために新しいお薬が必ず満たさなければならない条件、性能が自ずと決まります。適応症が決まらなければ、決められない条件がたくさんあります。このお薬はどんな病気のためのものなのかという課題は、開発において真っ先に決めるべきことであり、TPPでも初期段階から記載されます。開発の途中で、新しい適応症が発見されて追加されたり、治験の結果、狙えない適応症がわかったり、開発途中で、いろいろの変更、展開が待っていますが、まずはスタート時に決めておくべきことなのです。

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