- 2016.11.15
毒性試験ってなあに?
新薬を開発するためには、候補となる化合物(まだクスリではありません)の安全性を確かめる必要があります。そのため行われるのが毒性試験です。毒性試験にはいろいろの種類があって、たとえば、次のようなものがあります。
種類 | 目的と概要 |
一般毒性試験 | 単回投与試験、反復投与試験(投与期間がいろいろです)に大別できます。1回投与、あるいは所定の期間(2週間から1年間)、毎日投与し、どのような毒性変化が見られるかを調べます。 症状、体重、摂餌量、摂水量、尿検査、血液検査、眼科的検査、病理額的検査(最後に屠殺して臓器を肉眼/顕微鏡観察します)などを調べます。 |
発がん性試験 | ラットでは2年間、マウスでは1.5年投与し、がんが起きるか調べます。動物のほぼ一生に相当する期間、餌に混ぜて投与し続けます。 |
皮膚刺激性試験 | 皮膚や粘膜に炎症を起こすことがないか調べます。被験薬自体で急性的に炎症が起こる場合、一次刺激性といいます。 |
皮膚感作性試験 | 被験薬によって生体の免疫機能を介し特異的なアレルギー反応が起きる場合、感作性といい、代表的な遅延型アレルギーを調べます。 |
変異原性試験 | 遺伝毒性のために、遺伝子または染色体の異常を引き起こすことがないか調べます。変異原性があれば、発がん性を引き起こすことがあります。 |
催奇形性試験 | 胎児の発生に対し悪影響がないか、胎児に奇形を起こさないか調べます。 |
光毒性試験 | 被験薬の投与後、光に当たると、被験薬が光に反応し皮膚に障害を起こすことがないか調べます。一次的な光毒性から感作性による二次的なものまであります。 |
生殖毒性試験 | 生殖に対する影響を見るため、受精、受胎、出生時の母体、仔獣、雄親の生殖能に異常がないか調べます。 |
今回は一般毒性試験を例にとって、毒性の考え方を見ていきましょう。詳しい話の前に、新入社員Aさんの体験をご紹介します。
新入社員Aさんの誤解
Aさんはある新薬開発企業に入社したばかりのピチピチの新入社員です。ある日、研究所から上がってきた4週間反復投与毒性試験のデータを見たところ、1 mg/kg 投与群、3.3 mg/kg 投与群、10 mg/kg 投与群のいずれも群でも被験物質を投与しない対照群と同様、毒性変化が認められず、ラットも元気な状態で投与を終え、その後の病理学的検査でも臓器に異常は認められなかったと書いてありました。ここで 1 mg/kg というのは、ラットに体重1 kgあたり1 mg を投与したということです。
Aさんは、何も毒性変化がなかったのだから、この化合物は安全性が高く、クスリになるためのハードルを一つ越えたと思ったので、先輩に「よかったですね。この化合物は安全なのでクスリになるかもしれませんね」と声をかけました。
すると、その先輩はがっくり肩を落とし、「うまくいかなかった・・・」とぶつぶつ言っているではありませんか。Aさんは、この化合物が安全だとばかり思っていたので、先輩の落胆ぶりが理解できませんでした。さて、皆さんはどう思われますか?
Aさんの到らなかったこと
ここで、Aさんは次のようなことを考えるべきだったのです。
- この試験で10 mg/kg まで投与しても毒性変化が見られなかったのなら、では、10倍の量、すなわち100 mg/kg の量を投与すれば、どうなるだろうか?
- それでも、毒性変化がみられないなら、もっと投与量を増やしたらどうなるだろうか?
そうです。毒性変化が見られないというのは、単に投与量が少なすぎただけなのです。この試験では、投与量が少な過ぎたということがわかったのですから、失敗と言う必要はありませんが、もっと用量を増やして、再度、試験しなくてはなりません。そのため、Aさんの先輩はこの試験で完了させようと期待していたので、がっかりしていたのでしょう。
毒性試験に必要なこと
再試験では、10 mg/kg-33 mg/kg-100mg/kg という用量設定がまず考えられます。もちろん被験物質を投与しない対照群を加えることが必要です。今回の試験で、1 mg/kg、3.3 mg/kgで毒性変化が見られなかったため、この用量を繰り返す必要はありません。
この用量で、もし、33 mg/kg で何か一つの臓器に軽度の毒性変化が見られ、100 mg/kg では、もっとひどい毒性変化が認められる結果になったとすれば、
- 10 mg/kg の用量では、毒性は何もない(無毒性量といいます)
- 33 mg/kg の用量では、初めて毒性変化が表れ、障害をうけるのはこの臓器(たとえば腎臓)だと特定できる
- 100 mg/kg の用量では、毒性変化が他の多くの臓器に見られる、あるいは腎臓の障害がさらにひどい
ということができます。
さらに、薬効薬理試験で、疾患モデル動物で有効だった用量(たとえば0.33 mg/kgだったとしましょう)と比較することによって、有効性が見られた投与量の30倍もの量を投与しても、何も毒性変化は出ないが、100倍の量を投与すれば、初めて腎臓に障害がでるということも分かります。
こうした有効量と無毒性量の比率を安全域(セーフティ マージン)と言い、この比率が大きければ安全性が高いと考えます。つまり、安全性あるいは毒性とは、有効性を発揮する量の何倍まで、毒性変化なしに投与できるか、という指標で論じられます。
概念的に説明しましたが、実際は血中濃度の概念を取り込んで、治療係数(therapeutic index)というもう少し精緻化した指標を用いることもあります。専門的になるので、ここまでにしておきますが、基本的に安全域の考え方と同じです。
毒性試験のガイドラインには
厚生労働省は毒性試験のガイドラインで、投与量について次のように規定しています。
「少なくとも3段階の投与群を設け、被験物質の毒性像が明らかになるように、毒性変化が認められる用量と毒性変化が認められない用量(無毒性量)とを含み、かつ用量反応関係が見られるように設定することが望ましい。」
さらに「被験物質を投与しない(溶媒投与)対照群を設け、さらに必要に応じて、無処置対照群、陽性対照群を加える」
すなわち、
- 少なくとも3段階の用量を投与する(上の例では、10-33-100 mg/kgの3用量です)
- 毒性変化が認められる用量が含まれていること(上の例では、33 mg/kgと 100 mg/kgです)
- 毒性変化が認められない用量(無毒性量、上の例では、10 mg/kg です)が含まれていること
- 用量反応関係が見られること(上の例では、10 mg/kgでは何の毒性変化も見られず、33 mg/kg と100 mg/kg の群で用量が多くなると、毒性もひどくなっています。これが用量反応関係です)
- 被験物質を投与しない(溶媒投与)対照群を設ける(これは薬物を溶解あるいは懸濁し、器具を用いて動物の胃に注入するとき、薬剤を入れずに(0 mg/kg)、溶解/懸濁液だけを投与するということです。臨床試験のプラセボに相当します。)
つまり、毒性試験の用量は、
- 最も用量の少ない群では、被験薬を投与しない対照群と同じように毒性変化が見られず、
- 次の用量ではごく軽微な毒性変化が見られ、
- 最も用量の多い群ではしっかり毒性変化が見られる、
となるような用量を設定する必要があります。
これは、なかなか難しく、何回か見当をつけ、どの群でも何の毒性変化も得られなかったり(用量が少なすぎ)、どの群でもひどい毒性がでたり(用量が多すぎ)、という試行錯誤を繰り返し、ようやく正しい毒性用量の設定に到ることが出来ます。それでも予想が困難の場合、もう一群増やすこともあります。
Aさんの先輩も、今度は正しく用量を設定できればいいですね。