- 2016.11.01
プラセボにあたった患者さまは治療されていないということなの?
プラセボを使ったプラセボ対照二重盲検試験が、現在、最も科学的に薬効を証明する方法だと考えられています。当局は、この試験を少なくとも1回は実施するよう強く推奨しています。
この治験では、参加された患者さまが、被験薬(薬効があると期待される)か、プラセボ(薬効はない)にあたるかは、全く作為が入らないように、設計されています。ちょうど、よく切ったトランプからスペードを引くのか、ハートを引くのか運任せのようなものです。
このように患者さまがプラセボにあたるのか被験薬にあたるのか、作為を排する手法を無作為化といい、二重盲検試験では必ず用いられます。それは、プラセボを飲んだ患者さまたちと、被験薬を飲んだ患者さまたちが同じような集団になるようにして正しい比較が可能になることを目指すためです。
すると、ある病気をよくしたくて治験に参加したのに、プラセボにあたった患者さまは、その期待をかなえられないのではないかとご心配になられるのは当然です。あるいは、その間、薬効のある薬を使えないのなら、病気が悪くなってしまうのではないか、という心配ももっともです。
たとえば、抗癌剤の治験では、プラセボにあたった患者さまは、癌の治療を受けていない状態に置かれれば、大変なことです。抗癌剤の治験において、被験薬かプラセボかに当たるという計画では、プラセボにあたる患者さまに極端な不利益を与えるために、こうした治験は当局も許可しませんし、病院の委員会も許可しません。
このようにプラセボを投与するわけにはいかない病気は、癌やてんかんなどが代表例になります。プラセボを飲んでいる状態は、すなわち実質的に薬効のあるお薬を飲んでいない状態ですから、ひどいてんかん発作がおきて、患者さまは危険に曝されます。
そこで、次のような方法が考えられました。治験に参加された患者さまには全員に、既存の標準的なお薬を服用し、それに新しい治験薬を追加すれば、薬効は標準的なお薬だけより上回るか否かを評価する方法です。このような治験では、標準的なお薬は必ずどの患者さまも服用していただき、その上で、被験薬かプラセボかわからないようにして(二重盲検)、追加で飲んでもらいます。
すなわち、標準的なお薬だけの薬効と、標準的なお薬+新しい薬の薬効をプラセボ対照二重盲検試験で比較することになるのです。これなら、少なくとも標準的なお薬はどの患者さまも服用されているわけですから、患者さまが無治療の状態に置かれるという倫理的な問題を避けることができます。
ただ全ての治験でこの例のように標準薬を飲むというわけではありません。たとえば、睡眠剤の治験では、プラセボと被験薬の直接比較をしますから、プラセボにあたった患者さまは、不眠症の治療をなされていない状況におかれます。なかには、プラセボですやすや熟睡する不眠患者さまもいるでしょうが、不眠に悩まされる患者さまも多いかと思われます。
このように、プラセボ対照二重盲検試験はしっかりとした科学的な試験ですが、患者さまにとって最善ではない状況に置かれることが想定されています。病気の質によって、非治療状況においても許されるものと、許されないものがあります。病気の意味をよく考えて、どのような試験方法にするのか、治験を実施する製薬企業やお医者さまは真剣に考えて治験実施計画書を作成するのです。
このような治験の方法は、患者さまにしっかり理解した上で参加していただくために、きちんと説明し、同意説明文書にはっきり書かれていなければならないことなのです。
治験が単に新しい薬による治療だというわけではなく、プラセボに当たった患者さまは薬物治療をされていない状況におかれることもありうるということです。「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する厚生労働省の省令(平成24年12月28日付け)」によれば、患者さまに対する説明文書には、治験が研究を伴うことを書かなくてはならないと規定されているのは、こうした背景があるためです。