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よもやま話

Short Story

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よもやま話

  •  2018.07.15

どういうお薬を何から作るかという選択

 お薬がどのようにして効くのか、前回、おおまかにお話しいたしました。必要な成分が不足する場合にはその成分を補充し、分解を抑えます。他方、必要な成分であってもその患者さんにとって過剰すぎる場合には、量をへらし、作用を弱めることを作用機序とするお薬が多いと述べました。さらに、神経伝達物質の作用をときに増強し、ときに減弱することによって、自律神経(交感神経と副交感神経)による臓器支配をお薬が調節することを述べました。

 ですから、お薬を作り出そうという場合、病気の成り立ちを知って、ある成分が不足するためではないか、ある成分が過剰だからではないか、という仮説を立て、それに沿ったロジックの上にお薬を構想することになります。あるいは、臓器の活動を調整(活発化、沈静化)することによって病気、あるいはつらい症状がよくならないか、という考え方も重要な場合があります。

 今回は、そのような作用をもったお薬をどのような物質から作るのかというお話です。

 

モダリティという概念

 これまでお薬の大半を占めていたのは、低分子医薬でした。これは分子量500以下ほどの大抵は合成された化学物質で、主に、生体内成分のアゴニスト(作動薬)、アンタゴニスト(拮抗薬)、酵素阻害剤として作用するお薬です。分子量500以下というのは、経口吸収性に優れた低分子薬剤となる可能性を高める条件の一つに相当します[1]

 また別に、高分子のタンパク質やペプチドからなるホルモンや生体成分を補填するお薬の場合は、タンパク質やペプチドそのものを合成し、あるいは、それ以前の時代では、天然材料から抽出して、お薬に利用していました。

 ほかには、細菌やウイルス由来のワクチン、また、一部、漢方のような植物由来の抽出物などもありました。

 

 しかし、今は、違います。抗体医薬(タンパク質)、核酸医薬(核酸)など、特異性の高さを利用した新しい概念のお薬が出現してきました。さらに、これらの概念を超え、細胞を用いる再生医療という新しい治療法まで登場し始めました。再生医療のような新しい方法を含め、お薬の素材と機序、治療手段を総称して「モダリティ」というようになりました。

 現在、モダリティとして次のようなものがあげられます。

  • タンパク質(非天然型ホルモン、生体成分など)
  • 抗体医薬(抗体、ADC)
  • 核酸医薬(アンチセンス、siRNA、アプタマーなど)
  • 中分子医薬
  • 標的蛋白質分解誘導薬
  • 再生医療

 

 ある成分の働きを止めるために、これまで多くの場合、その低分子アンタゴニスト(拮抗薬)を使っていましたが、これからは、その成分やその成分の受容体(標的タンパク)を抗体で阻害したり、その標的タンパクがそもそも体内で作られなくしたり、その標的タンパクの分解を誘導したりすることが、理論的に、いろいろの素材(タンパク、核酸)で可能になってきました。

 逆に、不足する成分を補う場合、これまでは薬として製造された不足成分そのものを投与し、あるいはその分解酵素の低分子阻害剤を投与しましたが、これからは、その成分の分解酵素(標的タンパク)を抗体で阻害したり、分解酵素(標的タンパク)がそもそも体内で作られなくしたり、分解酵素(標的タンパク)を分解する酵素を誘導したりすることが、理論的に、いろいろの素材(タンパク、核酸)で可能になってきました。
 

 こうして、何らかの素材を用い何らかの機序で、標的タンパクの作用を止めたり、量を減らしたりできるようになりました。このような治療手段、あるいは、お薬の種類をモダリティと概念的に言うことが多くなりました。

 今日、このコラムで一つ一つ説明することはむずかしいので、ここでは、新しいモダリティを代表し、成長著しい抗体医薬についてお話します。

 

抗体医薬というもの

 抗体とは、体内に侵入してきた異物を排除する生体システム(免疫)の中で重要な働きをもつ免疫グロブリンと呼ばれる一群のタンパク質です。その特徴は特異性にあり、ある異物に対して結合する抗体は他のものに結合しません。「それにだけ」というのが、特異性(specificity)が高いということです。よく用いられるのは 鍵と鍵穴の喩えで(この比喩では「合鍵」を忘れてください)、この鍵はこの鍵穴にしか入らない、つまり「これにだけ」という概念がわかりやすく説明できる喩え話だと思われます。

 抗体が結合したタンパク質はその作用を発揮することができなくなりますから、過剰なタンパク質(生体成分)を減弱させる方向の治療に使えます。しかも抗体の特異性の高さのために、他のタンパク質に影響を及ぼさず副作用が少なくなります。ちょうど、ピンポイント攻撃が可能な高性能ミサイルが軍事施設だけを攻撃するのと似て、狙ったタンパク質だけを機能できないようにするというのは、よく用いられる比喩です。

 現在、日米欧で50種類以上の抗体医薬が承認され販売されています[2]。例として世界売上高の多い抗体医薬をいくつかお示しします。

 

商品名 一般名 標的 2016
売上*
適応疾患 企業
1 ヒュミラ アダリムマブ TNFα 16,420 関節リウマチ Abbvie/エーザイ
2 レミケード インフリキシマブ TNFα 8,859 関節リウマチ J&J/MSD/田辺三菱
3 リツキサン リツキシマブ CD20 7,411 癌・関節リウマチ Biogen/Roche
4 アバスチン ベバシズマブ VEGF 6,886 Roche
5 ハーセプチン トラスツズマブ HER2 6,885 Roche
6 オプジーボ ニボルマブ PD-1 4,684 小野/BMS
7 プロリア等 デノスマブ RANKL 3,445 癌、骨粗鬆症 Amgen/第一三共
8 ルセンティス ラニビズマブ VEGF-A 3,262 加齢性黄斑変性症 Roche/Novartis
9 ステラーラ ウステキヌマブ IL12/23 p40 3,232 乾癬 J&J
10 ソリリス エクリズマブ C5 2,843 夜間ヘモグロビン尿症 Alexion

*:世界売上、単位100万ドル               日経バイオテク年鑑2018より作成   

 

 お薬にできるほど大量に抗体を製造する技術が開発され、最近二十年間に、効果の高い抗体のお薬がどんどん世の中にでています。その結果、2016年の統計において、医薬品の世界市場約8,000億ドルの内、バイオ医薬品市場は約2,000億ドル(約24%)を占め [3]、抗体医薬がその半分以上に達するまで伸びています。

 

 こうして現在、新薬創出のために、広範な可能性を持つ多種類のモダリティの中から最適な選択が可能になりつつあり、新しいモダリティを担う企業の中でもバイオベンチャーの役割はますます重要になってきています。

 


[1] 1997年、ファイザーのDr. Lipinski が提唱した経験則によれば、薬剤の分子構造に基づく物性が、次の四条件を満たす場合、経口吸収性に優れた薬剤になる可能性があるとして、低分子医薬品の創薬研究の場で広く浸透している考え方がある。① 分子量500以下、② log P 値(脂溶性指標)5以下、③ 水素結合受容体(窒素・酸素等の原子)の数10以下、④ 水素結合供与体(水酸基・アミノ基等)の数5以下。四条件の数字が5の倍数であるため、時に「Lipinski’s rule of five」と称されることがある。
[2]  http://www.nihs.go.jp/dbcb/mabs.html 国立医薬品食品衛生研究所 生物薬品部
[3] 赤羽宏友 バイオ医薬品(抗体医薬品)の生産動向;政策研ニュース pp9-14, No.51 2017年7月

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