- 2018.02.01
薬価改正と日本の未来
2018年、薬業界は大きな変革を予想させる年明けを迎えました。2018年4月に予定される薬価改訂で大きく切り下げられることが昨年末に決められたからです。制度上の細かな改訂点をこのコラムで逐一、言及することはできませんが、主だった改訂内容を見ながら、業界の主だった声を拾ってみましょう。
新薬創出加算の改訂
この制度は、公式に「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」とも言われ、今回の改訂で主な論点となったものです。
① 後発医薬品が上市されていない新薬(「特許が有効な新薬」とほぼ近似)のうち、
② 一定の要件を満たすものについて、
③ 後発医薬品が上市されるまで(「特許が切れるまで」とほぼ近似)の間の薬価の引下げを一時的に猶予し、
④ 後発医薬品の上市後は、薬価からそれまでの加算分を一括して(大きく)引き下げる
というもので、実質的に薬価を維持する仕組みと言えます。
かつてこのコラムで、米国では特許が切れた途端にお薬の価格が安くなると書いたことがありました(2017年9月15日)。製薬会社にとっては大変なことですが、逆に言うと、特許が有効な期間は高い価格(会社が決めます)が維持でき、場合によっては値上げさえできるのが米国の市場だということです。特許期間中は相応な利潤を上げられるようになっています。特許制度の精神に沿って新製品を独占でき、いい薬は高くても売れる資本主義的なメカニズムの利く市場です。
ところが、日本の市場では特許が有効であるお薬でさえ、その公定価格(薬価)が年々、下がっていきます。こうした市場に製薬業界(特に外資系)が不満を感じたせいか、上記の新薬創出加算の制度が平成22年の診療報酬改定から試行的に導入されました。これは、製薬会社が働きかけ、要望してきた「薬価維持特例」の制度に相当するものでした。
昨年末の中医協において、この制度に該当する新薬の条件を厳しくし、該当製品を大きく絞る厚労省案が承認されました。この制度を享受してきた製薬業界、特に新薬研究開発企業がその利点を減らされたということが、平成30年春の薬価改定の大きなポイントの一つでした。しかも、一方で医師の診療報酬は増額され、医療費削減のしわよせの殆ど全てを薬業界が負うことになったという不満が表明されました。
業界団体の声
こうした制度変更に対し、業界団体の声を抜粋して拾ってみましょう。
製薬協(12月20日付声明)[1] :
今般の新薬創出等加算の抜本的な見直しにより、多くの企業において、本加算の対象
品目が大幅に絞り込まれるとともに、当該品目の薬価が必ずしも維持されない仕組みと
なりました。こうした見直しは、新薬への研究開発投資を回収できないリスクを高め、
製薬企業による新薬開発のモチベーションを著しく損ねるものであり、国民が待ち望む
革新的新薬の創出を促進するにふさわしい仕組みとは考えられません。
製薬協では、翌21日、大阪市内で定例の理事会を開き、新薬創出加算の対象品目の縮小など2018年度薬価制度改革への対応を討議したそうです。新薬創出加算の対象品目を選ぶ品目要件の選定基準や企業要件の在り方などで改善を求めていくというコメントが報道され、危機感を抱いている様子が伺えます。
日本製薬団体連合会(12月20日付声明)[2]:
今回の薬価制度の抜本改革は、(中略)「国民皆保険の持続性」「イノベーションの推進」を両立し「国民負担の軽減」「医療の質の向上」を実現するためのものと理解しております。しかしながら、一部に新薬収載時の評価の拡充が含まれているものの、総じて薬価を引下げる方向に偏っていると言わざるを得ません。
新薬創出等加算については、(中略)今般の抜本的見直しによって対象範囲は絞り込まれることとなり、特許期間中の新薬の薬価を原則維持すべきとする我々の主張とは大きくかけ離れた内容となりました。イノベーションを推進し、革新的新薬を継続的に創出するという観点から、品目要件及び企業要件について、その在り方を含め引き続き検討をしていくことが必要と考えます。
(中略)平成30 年度予算編成において、社会保障関係費の抑制分のほとんどが今回も薬価改定財源で賄われることとなりました。薬価制度の抜本改革とあわせ、製薬業界にとって極めて厳しい結果となりました。医療保険制度全体を俯瞰した歳出構造の改革を行うことなく、薬価改定のみに依存した医療費抑制を行うことはバランスを欠いた対応であり、到底納得できるものではありません。
米国研究製薬工業協会と欧州製薬団体連合会(12月20日付共同声明)[3] :
私たちは、本日厚生労働省が中医協に提出し、了承された薬価制度改革最終案について、(中略)大いに失望し、また今後を憂慮していることを表明します。(中略)特にイノベーションを促進するためのインセンティブが大きく損なわれています。これは、国内外に向けて、日本におけるイノベーションを促進させる環境が後退するというメッセージを発信しているようなものであり、次世代の医薬品開発に向けた早期投資への意欲を低下させるリスクになり得ると考えています。
最終案は次のような事態をもたらすと予想されます:
- 新たな医薬品を日本で開発しようというインセンティブが大きく損なわれ、日本の患者さんが新薬を早期に使用することが非常に難しくなる
- 医薬品研究開発の投資先として、日本よりも、予見可能性が担保された環境の中でイノベーションを促進する他国が優先される
- 製薬産業が日本の経済成長に従来のように貢献できなくなる可能性がある
- イノベーションの領域で、日本は競争力が欠けていると見なされ、実際に劣後する危険性がある
具体的に言うと、今回の改訂では、上述した修正を含むいろいろの修正によって最終的に1.65%の薬価が引き下げられ、削減される薬剤費は約7200億円に上ります。この売上が4月から消え去るということです。この結果、日本の医薬品市場はマイナス成長に落ちるという観測も大げさではないようです。
各社の声
各社からも同様の声が上がりました。いくつかご紹介すると、
- 日本市場の魅力がなくなることが懸念される。各国政府が、自国でいち早く新薬を開発してもらおうと競う中で、グローバル企業は日本を跳び越し、中国に投資する可能性がある
- 加算品目が大幅に減れば日本市場の成長が見込めず、その市場に投資する経営者はいない
- 加算のルール変更が厳しい一方、イノベーションの実用化に向けAMED(日本医療研究開発機構)で新たな事業が始まることは評価したい。ただ国はブレーキとアクセルを同時に踏んでおり、イノベーションを推進したいのかよく分からない
政府は、製薬企業にイノベーションを奨励しているのに、イノベーションの成果として新薬が商品化されたときに、売上を抑えにかかるのは矛盾しているとの論調があります。イノベーションは大きなビジネスに発展する期待があればこそ、巨額の投資をして商品化(研究開発)に努めているではありませんか、そのインセンティブが失われれば、投資の気力が萎えますよ、ということです。
政府の態度をどう見るか
今回、厚労省は増加一方の医療費を抑制するため、今回の改訂で薬価に大鉈を振るいました。一方で、医薬品業界にイノベーションを奨励し、各種の予算を取っているのも事実です。国の基本的な施策として、これからの成長産業の一つである医薬品業界に大きな期待を寄せているのです。
上記の薬価改訂方針が中医協で承認された翌々日、厚労省は「医薬品産業強化総合戦略~グローバル展開を見据えた創薬~」(平成27年策定)の一部改訂を公表しました[4]。
それによると、次のような戦略が掲げられています。
- 日本発のシーズが生まれる研究開発環境の改善
- 日本発医薬品の国際展開の推進
- 創薬業界の新陳代謝を促すグローバルなベンチャーの創出 など
日本医療研究開発機構(AMED)が大きな予算で、多くの研究開発を支援していることはよく知られています。国は業界育成の施策を忘れたわけではありません。果たして国は、一方で抑制し、一方で奨励し、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるのでしょうか。
これに関連しているかのように、厚生労働省の武田俊彦医政局長がインタビューに答えた内容は、概ね以下のようです。
- 研究開発型の大手製薬企業だけでなく、多くの医薬品企業が海外での事業展開を模索する必要がある
- 薬価制度の改訂に関し悲観的な見方が多いが、日本の医薬品市場は全世界の10%ほどのシェアがある。それが急速に落ち込むわけではない
- 残り90%が海外市場なのだから、いずれ必ず、どのような企業でも、海外展開を考えなければいけない時が来る。今回の薬価制度改革が、良いきっかけになる
- 今回の薬価改訂は、革新的医薬品を市場に送り出し続けている企業にとって、あまりイノベーションを阻害する形にはなっていない
- これまで以上に革新的新薬の創出に取り組んでほしい。そのため、厚労省でもAMEDでも、国の行う支援策を利用してほしい
(日刊薬業2018年1月15日[5])
全くの私的な推測ですが、ここから読み取れる国の基本的な考えは次の様ではないでしょうか。
- 国民皆保険をこれからも維持しなければならない。最新の高価な医薬品に手が届くのは富裕者だけという社会にはしたくない。そのため、毎年、大きな自然増が見込まれる医療費をなんとしても抑制しなければならない。
- 医療費抑制のため、医薬品市場を抑える改正を行って春に国内の薬価を下げるが、一方で、業界のイノベーション支援のため、国の努力はさらに続ける。国は医薬品産業に大きな期待を寄せている。新薬を創出できるのは世界でもわずかな国に過ぎず、日本はその一角を立派に占めている。これを成長産業として育てない選択肢はありえない。
- この相反する状況を打破するために、日本の製薬企業に積極的に外国に進出することを奨励したい。新薬の研究開発の投資は、日本よりむしろ外国市場から回収してほしい。そして、少なくとも日本の企業にだけは、日本市場で大きな利益は得られなくても、日本で新薬を開発する投資を続けてほしい。
- これまでの新薬創出等加算制度の最大の享受者は外資大手製薬企業だった。これからは、外資大手にとって徐々に日本市場が魅力を減ずるかもしれないが、現在、世界医薬品市場の10%を占める日本市場は外資企業にとっても当分の間、魅力ある市場であろう。中国での開発を優先するというならやむを得ないが、そうしたところで外資に格段に有利になるかとは思わない。
- 日本の製薬企業はイノベーションによって、むしろ世界市場から投資を回収し、利潤を上げてほしい。世界で上げた利潤が十分あれば、日本市場で大きな利潤を出せなくても、国民皆保険の維持のために行われる国内の薬価切り下げにも耐えられるだろう。
- 今回の施策によって、業界再編の大きなうねりが再びくるかもしれないが、競争力のある企業にまとまり、海外に打ってでてほしい。そのため国ができるイノベーションの支援はできるだけのことをする。
- 医療費を抑えるために、製薬企業だけでなく、医師、病院の側も負担を分担すべきであるとの議論もあるが、医師、病院には減らされた診療報酬を回復する手段がない。一方、製薬企業には日本市場で失われる利潤を外国市場で取り返す機会があり、そのビジネスチャンスを追求してほしい。国内だけが市場の医療側と事情が異なる。
- また、医師、病院の収益を減らして医療費を抑える手法は、マクロ経済的にデフレ方向の要因となる。一方、医薬品市場の縮小もデフレ方向の要因に違いないが、日本の製薬企業なら外国市場で利潤を上げることが出来るだろうし、企業の収益力でデフレ効果を打ち消せるだろう。高所大局に立って、医療費の抑制に関して医薬品業界に負担してもらったことを察してほしい。
- 外国に輸出攻勢をかけようというのではなく、現在、大きく輸入超過になっている医薬品を少しでも改善するよう日本の製薬企業に頑張ってほしい。
ということかなと思います。
今回、この紙面で改訂案に賛成であるとか、そうでないとか、私見を述べたわけではありません。国がアクセルとブレーキを同時に踏んでいると見える矛盾も、少し整理して考えてみると、国、製薬企業がそれぞれの立場で日本の進むべき道を真剣に議論している姿が見えたような思いです。
いずれにしろ、国民が負担できる保険料は限られており、何らかの手当てをしないとその負担はこれからも増大し続ける中での議論ですので、この問題はとてつもなく難しいことであるのは間違いなさそうです。
[1] 製薬協(12月20日付声明) http://www.jpma.or.jp/event_media/release/news2017/171220.html
[2] 日本製薬団体連合会(12月20日付声明) http://www.fpmaj.gr.jp/documents/2017.12.20.seimei.pdf
[3] 米国研究製薬工業協会と欧州製薬団体連合会(12月20日付共同声明)
http://www.phrma-jp.org/pressroom/pressrelease/release2017/phrma_efpia_pressrelease20171220/
[4] 厚労省 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000189123.html
[5] 日刊薬業 https://nk.jiho.jp/article/129776