- 2017.09.15
新薬の製品運命と寿命(その2)
前回は、独占期間が満了して新薬が新薬でなくなる仕組みをお話しました。法的に独占できないお薬に対し、同じ成分のお薬が他社から発売されることになります。今回は、独占期間の切れたお薬を別の商品として開発するお話を続けます。
前回は、独占期間が満了して新薬が新薬でなくなる仕組みをお話しました。法的に独占できないお薬に対し、同じ成分のお薬が他社から発売されることになります。今回は、独占期間の切れたお薬を別の商品として開発するお話を続けます。
新薬に代わるジェネリック薬
新薬の特許が満了しこの発明が発明者の手を離れれば、社会で共有されるこの智恵を使って商売をしようという人が出てきます。新薬を見出す努力がなされた25年後に、その智恵と、その間に蓄積された有効性、安全性など諸々のデータを利用し、同じ成分を、同じ適応で、異なるブランドの自社製品として、開発、承認申請、発売する試みです。
こうしたお薬はジェネリック医薬と呼ばれ、特許による独占期間が終わった先発品のあとに出てくる後発品のことを意味します。経口剤の後発品の場合、血中動態曲線が先発品の曲線と比べ規定幅の範囲に入っていれば、(ほぼ)同じお薬とみなされ、非臨床試験や治験を実施していなくても承認されます。開発期間が短く費用も少ない分、安い価格で販売できます。
物質特許の期間が満了しても、たとえば製剤特許が有効であれば、後発品で同じ添加物を使えないことになります。先発品の添加物が製剤特許で守られているからです。そこで、特許で守られていない別の添加剤を使うことが必要です。
社会共有の智恵に準拠したお薬ですから安く提供され、社会的にいいことのように思えます。世界の多くの国では、新薬の独占期間が満了した直後から、新たに発売されたジェネリック薬がとって代わり、高い価格の新薬は売上がどんどん低下します。つい先日まで新薬だった製品が高い価格で市場を独占する時期はもう終わったということです。たとえば、アメリカ市場で、イーライ・リリー社の抗うつ薬Prozac®(日本で未承認)はジェネリック薬発売後一週間で、米国の80%のうつ病患者がジェネリック薬に切り替えてしまった、というジョークのような本当の話があるそうです。もしかすると、上手くできたジョークかもしれません。
全世界で2,000万人以上の患者さまが服用し何十億ドルの売上を誇った巨大製品が、アメリカで特許が切れたというだけの理由で、あっという間に売上が20%に激減するアメリカの医薬品市場の厳しさをご想像ください。このように、一瞬のうちに昨日までの先発品の売上が8~9割も減ってしまうアメリカ医療の経済現象を「瞬間蒸発」と言った人がいます。
ですから、このジェネリック・ビジネスというものは、25年あとを追いかけて、先人の汗と涙の結晶を利用しながら、たちまちのうちに、この路を切り開いたビッグブランドに追いつき、追っ払ってしまうのです。
「老兵は死なず、ただ去るのみ」 “Old soldiers never die, they just fade away”
と言って公職を去って行ったアメリカのある将軍のような訳にはいかず、先発製品は消え去るだけでなく、死んでしまうことが普通です。アメリカの医薬品ビジネスは、特許期間の範囲で計画を練ったメーカーが価格を設定するのです。特許切れ以降のことはビジネスを想定できる期間とはみなされず、殆ど念頭におきません。
世界最大のジェネリック企業はテバ社というイスラエルの会社です。2016年の世界売上ランキングで見ると、第1位のファイザー社は5兆7千億円、12位のテバ社は2兆4千億円、日本最大の製薬会社、武田薬品工業は18位で1兆7千億円だったという規模感を頭に置くと、ジェネリック・ビジネスのおおよその有様がお分かりになると思います。そうです、世界は安い薬、ジェネリックを求め、ジェネリック業界は急成長を遂げているのです。
ここまでは一貫したストーリーで語れましたが、日本のことになると少し事情が異なります。世界の目からみると不思議なことに、日本では先発品が、独占期間を満了してジェネリックが発売された後も、公定価格(薬価)は下げられますが、ジェネリックより高い価格を維持でき、それほど売上を落とさず、売れ続けます。
医師の先生も、ジェネリックより先発品を好む傾向があるようです。いろいろ取り沙汰されますが、先発品メーカーへの信頼が高い(逆に言うと……?)、健康保険が手厚いので、少しくらい薬代が高くても気にならない、先発品メーカーの営業力が強い、などの理由が上げられるのかもしれません。
こうして、ジェネリック薬がすでに販売されている古い先発品は、日本という特殊な環境において長期収載品(独占期間が満了し新薬でなくなったかつての新薬)と呼ばれます。これらの製品群は、アメリカと違って“蒸発”せずに売れ続け、多くの新薬メーカーを収益の面で支えて来ました。新薬メーカーにとって、長年にわたって耕し尽くした市場で、もはや多くの宣伝を掛ける必要なく、それなりに売れていくお薬です。旨みがある製品群でした。