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よもやま話

Short Story

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  •  2017.08.01

予防薬と治療薬(その4)

 予防薬と治療薬の違いから始まって、予防薬に求められる要件についてお話してきました。次は、予防効果を検証する方法について述べ、治療薬とは違って、まだその病気に罹っていない方々を対象とする臨床試験の難しさなどに触れたいと思います。

 

予防薬開発の難しさ

 予防効果は治験によって証明することが治療効果より難しいものです。

 治療効果を検討するなら、その病気の患者さまを対象に一定期間、薬を使って、病気の状態、あるいは治癒過程を見ることになります。長期にわたる慢性疾患の治療剤では、治癒、あるいは改善までに長期間かかり、長期間の試験が必要になって費用が高額になるという要素が加わりますが、予防効果を評価する難しさはそれどころではありません。

 まず、ある病気に罹りそうだという徴候(リスクといいます)を持つ人に試験に参加していただくことを考えます。肺炎球菌による肺炎では高齢であることがリスクの一つですが、肺炎球菌による肺炎のように病気のリスクが明らかになっている疾患はそう多くありません。

 そのため、まだ病気に罹ってもいない方々の中から、治験参加者を選定する基準を設定するのは、かなり難しいことです。リスクが明らかでない疾患を狙った予防効果の試験は事実上、困難です。

 がんになるリスクの高い人という話題になると、先般、乳がんのリスクが遺伝的に高いという理由で、がんでもないのに健康な乳房を切除したアメリカの女優が思い出されます。ただ、乳がんでもない健康なうちから、抗がん剤を予防的に使う(当然、長期の投与になります)ことがありえないのは説明を要さないと思います。抗がん剤の副作用で健康な人はかえって健康を損ねます。

 この場合は、乳房切除手術という1回きりの処置であり、生命活動に大きな支障をきたさない臓器切除だと、ある覚悟さえ持てば、できないことではありません。

 こうした例より分かりやすく、広く知られているのは、大腸ポリープの切除です。大腸がんの多くは大腸ポリープを経てがん化するとされていますので、大腸ポリープのうちに切除しておけば大腸がんに進展することを予防できます。お薬ではありませんが、内視鏡的な検査/手術は有力な予防法と言えます。便潜血検査で出血が検出されれば、ポリープからの出血を疑い、内視鏡的に大腸ポリープの存在を確認し、見つかればその場で切除することが広く行われています。これは大腸ポリープというリスクを持つ方を対象にした大腸がんに対する予防法なのです。

 

 

 最近、予防薬の可能性を示唆する報道がありました。2017年2月、京都大学では、脳動脈瘤の形成や進行に重要な役割を持つ生理的な機序が解明されたとして、くも膜下出血を予防するお薬の発見につながるかもしれないと大学のウェブサイトに公表しました。動脈瘤性くも膜下出血は、脳動脈瘤が形成され、次第に膨らんだ風船のように血管が破裂する病気ですから、何かの偶然(時に健診)で脳動脈瘤が発見された人はくも膜下出血のリスクが高い人だと考え、これを抑えるお薬を飲み続ければ動脈瘤の進展を遅らせることができるかもしれないと考えられているのです。

 現在、予防するお薬はなく、動脈瘤が破裂する前に、開頭術(脳動脈瘤クリッピング術)や血管内手術(脳動脈瘤コイル塞栓術)を行う予防法がありますが、健康なご本人に大変な負担を要する方法です。後遺症の残るかもしれない開頭手術を、健康な人が受ける気になるのか、という状況になりますから、薬剤による予防が可能になれば大きな進展です。

 その予防効果を評価するのは、たまたま脳動脈瘤が見つかった人を対象に、お薬を飲まない人(プラセボ群)とお薬を飲む人に分けて、年々、どのくらいの人がくも膜下出血をおこしていくかを見ていく試験になります。その結果、たとえば、くも膜下出血を起こした人が累積50%に達するまでの期間が、プラセボ群では短かったが、お薬を飲んだ群では長く、統計学的有意差が検出された、というような結果が出れば、試験は成功で、予防効果が証明されたということを意味します。つまり、悪いことが起きるまでの時間を延ばしたということです。

 しかし、口で言うのは簡単です。一般的に、多くの病気において、こうした結果を得るために必要な、お金と時間を考えると、容易なことで実施できる試験ではありません。承認を得るための臨床試験(治験)で5年以上の投与期間となると、どのような大手企業でも二の足を踏みますが、予防効果を見る試験では、そんな長い期間を見なければならない場合があるかもしれません。

 つまり、予防効果を検証するということは、なにもしなければ、あと何年でこの病気に(高い確率で)罹ります、あるいは、予防したい悪い出来事が起こります、という医学的なデータがないと、容易に実施できるものではありません。ある程度、その年限を予測するパラメータが分かっていなければ、予防したい出来事(死亡という出来事も含みます)の起こるのが、1年後なのか、5年後なのか、10年後なのか、分からず試験をやることになり、現実的ではありません。

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