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よもやま話

Short Story

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  •  2018.07.01

お薬はどうやって効くのか?(その2)

 前回は、必要成分が不足する病気と過剰な病気をお話し、補充するか、抑制するか、治療方針が立てられることを説明しました。

 今回は、不足か過剰か、ではなく、何らかの症状があるとき、臓器を調節することによって症状をとる原理についてお話します。それは自律神経系に目をつけた方法です。

 

病気の原因-張りか緩みか

神経伝達物質を調整する:

 交感神経と副交感神経は全身の臓器を神経的に支配しています。交感神経が活発(興奮状態)になると心臓は活発になり、血管は収縮して血圧を上げ、気管支は拡張して呼吸が活発になります。瞳孔は散大し暗い所でも見えるようになり、腸管は動きを抑制されます。副交感神経が活発になると、逆のことがおきます。よく言われるように、戦闘状態に備えるのが交感神経、安静・休息状態にするのが副交感神経と覚えておくとわかりやすいと思います。つまり、張りと緩みです。

 交感神経の刺激を臓器に伝えるのはアドレナリン、副交感神経の刺激の場合はアセチルコリンという神経伝達物質です。これは神経の終末から分泌され臓器に「活発になって戦闘状態に備えよ」、その逆に「大人しくなって体を休めよ」と別々な指令を伝達する物質です。

 臓器側には神経伝達物質の受容体(レセプター)があって、ここに神経伝達物質がスッポリとはまって指令を受け止めることができるようになっています。丁度、スイッチのようなものです。これを知れば、おおよそ、病気とお薬の対応関係を考えることができます。

 

 アドレナリンのように作用する物質をアドレナリン・アゴニスト(作動薬)、逆にアドレナリンの作用を抑制する物質をアドレナリン・アンタゴニスト(拮抗薬)といいます。アドレナリン受容体には主に二種類あって、アルファとベータに区別されています。アドレナリン・アンタゴニストは交感神経の刺激をキャンセルするようにはたらくわけです。

 一方、アセチルコリンのように作用する物質をコリン・アゴニスト(作動薬)、逆にアセチルコリンの作用を抑制する物質をコリン・アンタゴニスト(拮抗薬)といいます。

 たとえば、喘息は気管支が過度に収縮する病気で、呼吸しにくくなります。アドレナリンは気管支を拡張し空気の通りがよくなる方向に作用します。喘息は、アドレナリンが不足して起きる病気ではありませんが、アドレナリンを利用して気管支拡張のスイッチを押すという考え方です。これが気管支を拡張させる薬理学的な一つの方法です。

 アドレナリンを使うと、当然ながら心臓がドキドキし、動悸、頻脈が起こります。ほかに、血圧上昇、振戦、頭痛、悪心などもアドレナリンの作用として起こり、それは喘息患者さんにとっては副作用です。

 つまり、アドレナリンは全ての臓器に作用してしまい、副作用につながるために、臓器の選択性を高める研究が行われました。そのなかで、交感神経の様な作用を特に気管支で強く発揮し気管支を拡張させるお薬がベータアゴニストと呼ばれる一群のお薬です。これは気管支のもつアドレナリン・ベータ受容体を刺激し交感神経が活発になったときのように気管支を拡張させますが、アドレナリンより心臓への作用が弱く、血圧上昇作用も少なくなりました。

 

 一方、副交感神経の作用を断ち切ることで気管支を拡張させようというお薬がコリン・アンタゴニスト(抗コリン剤)と呼ばれる一群のお薬です。これは、アセチルコリンによる気管支収縮のスイッチを利かなくさせて、副交感神経による気管支収縮作用を断ち切るという考え方です。

 こうした例をもとにすれば、一般の方にも次のような推測は可能だと思います。
 

  •  アドレナリンによって血管が収縮するのだから、アドレナリンの作用(スイッチ)を遮断すれば血管が拡張し(収縮が止み)、血圧は下がるのではないか?

→ そのとおりです。アドレナリンの作用を遮断するベータ遮断薬(ベータブロッカー)は血圧低下剤として用いられます。ただし、喘息を悪くする(気管支を収縮させる)かもしれないとも推測できます。

  •  眼の奥を検査するため、瞳孔を開いて眼球内を覗きやすくする場合には、アドレナリン作動薬(アゴニスト)や抗コリン薬(コリン・アンタゴニスト)によって瞳孔を開くこと(散瞳)ができるのではないか?

→ そのとおりです。散瞳のために、点眼剤のアドレナリン作動薬や抗コリン薬が使用されています。緑内障の検査で眼底の視神経を見る場合、散瞳することが必要です。ところが、抗コリン剤には房水の流出抵抗を増し眼圧を高める作用があり、緑内障を悪くするおそれがあります。そういう時はアドレナリン作動薬を用います。日本でアトロピンを用いて散瞳させ、虹彩切開手術に初めて成功した眼科医土生はぶ玄碩げんせきのことを以前、このコラムで書きました(2017.05.15 懐かしいロングセラーなお薬たち)。

 

 このように、ある神経伝達物質に着目して、それと同じ作用を持つもの(作動薬/アゴニスト)や作用を抑えるもの(拮抗薬/アンタゴニスト)を使い分けることによって、臓器の動きを調整できるということです。アドレナリンが多すぎるために高血圧になっているわけではない患者さんにも、アドレナリン拮抗薬(ベータブロッカー)を用いて血圧を下げることができます。もちろんストレスでアドレナリンが多くなって高血圧になっている患者さんによく効きます。

 

お薬の考え方とは

 お薬によって「必要不可欠な体内成分が不足する」場合にはこれを補給し、「必要不可欠な体内成分であっても過剰に存在する」場合にはこれを減らす治療という概念から発展し、臓器や体内システムを調節するために、ある成分(作用)を増強し、また、ある成分(作用)を減弱させてバランスをとるという治療法がおわかりになられたことでしょう。

 ある成分の量や作用を減らしたり、増やしたりするのがお薬の作用機序であるということが多いのです。増やしたり減らしたりするためには、おおおよそ、次のような手段に整理できると思います。

ある成分の量や作用を減弱するための手段

  • 減らしたい成分の合成を抑える(生成する細胞を壊す/除去する、合成に必要な酵素を阻害する)
  • 減らしたい成分の分解を促進する
  • 抑えたい成分と受容体の結合を阻害する
  • 抑えたい成分と結合して、その作用を発揮できなくする

 

ある成分の量や作用を増強するための手段

  • 外部からお薬として補充する
  • 増やしたい成分の体内の合成を高める
  • 増やしたい成分の分解を阻害する
  • 増やしたい成分の作用(感受性)を高める

 

 一般的に、お薬は、促進するより阻害するほうが得意です。合成を阻害するほう、分解を阻害するほう、結合を阻害するほうが得意です。ですから、量を増やすには、そのものの分解酵素を阻害する機序で、必要なものの量を増やすという戦略も見逃せない大切な戦略です。

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