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Short story

  • 2018年6月15日

お薬はどうやって効くのか?(その1)

 さまざまな病気の原因を一まとめにして、これだと言うことはできませんが、大胆にざっくり、ご批判を恐れずに言うとどうなるか、考えてみたいと思います。病気の成り立ちを知ってお薬で治療する方針を立てるという考え方をお伝えするつもりです。

 

病気の原因-不足か過剰か

 全ての病気の原因を一概に言えるはずはありませんが、必要不可欠な体内成分が不足する、あるいはその逆に、必要不可欠な体内成分であっても過剰に存在するという観点から病気の発症を考えることができるかもしれません。

 

甲状腺機能低下症と機能亢進症:

 甲状腺からは甲状腺ホルモンという体を力強く活動的にするホルモンが分泌されます。このホルモン分泌が不調になる原因は、①甲状腺自体が損なわれている場合(原発性)、②脳下垂体から甲状腺刺激ホルモンの分泌が少なくなって、甲状腺ホルモンが合成、分泌されにくくなっている場合(続発性)、③まれですが、甲状腺ホルモンの効きが悪くなっている場合(不応症)が考えられています。
 甲状腺ホルモンは全身の細胞の代謝(エネルギー利用)を維持していますから、ホルモン量が低下するか、ホルモンの効きが悪く(不応症)なれば、活動が鈍く、眠くなり、全身倦怠感が強くなって記憶力と計算力が低下します。体温は低くなり、皮膚はカサカサとなって夏でも汗をかかないほどです。腸も活動性が低下し便秘になります。全身的に生き生きとした活動が失われます。

 この病気は、甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンなどの量の不足か、作用の不足から起きるということです。甲状腺ホルモンを服用し、不足を補充することが治療方針です。

 

 この反対は、甲状腺機能亢進症です。甲状腺の機能が異常に高まり、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されます。ある種の脳腫瘍によって甲状腺刺激ホルモンが過剰に分泌される場合は、甲状腺が刺激され甲状腺ホルモンをどんどん分泌します。

 全身性に 代謝(エネルギー利用)が異常に活発化し、心臓はドキドキ(頻脈)となり、不整脈(心房細動)を起こします。エネルギー消費が高まり多食、体重減少、多飲多尿、発汗、高血糖やめまいが起き、抜け毛、不安感、イライラ感などの症状に及びます。

 放射線同位体のヨード製剤によって甲状腺に放射能を取り込ませ、その機能を抑える薬が治療に用いられます。あるいは甲状腺ホルモンの生合成をブロックするお薬(生合成阻害剤)で甲状腺ホルモンを作れなくします。

 さらに、手術で甲状腺を切除することもあります。いずれにせよ、過剰な甲状腺ホルモン量を下げる治療です。

 

胃潰瘍:

 胃潰瘍は夏目漱石の命を奪ったように、胃からの出血で死ぬこともあります。かつて、胃潰瘍の主たる治療は外科手術でした。胃潰瘍は、胃粘膜が損なわれて胃壁が自分の強酸性の胃液(金属さえ溶かすほどの強い塩酸です)に直接曝され消化されてしまう病気で、このような病態を消化性潰瘍といいます。

 胃粘膜がバリアー機能を維持し胃壁を保護していれば、強酸性の胃液は食物の消化のために有用なのですが、ひとたび胃粘膜が損なわれたときは、胃壁を消化しないように胃液の酸度を抑制することが、消化性潰瘍の防止、治療につながります。胃液の酸度を抑えるため食物消化力は低下しますが、消化のよい食べ物を摂ればなんとかなるものです。

 消化性潰瘍は、胃粘膜が弱っている(バリアー機能が衰えている)人にとって、胃液によって悪くなるといってよく、前述のような必要成分の過剰という病態の一つに数えていいと思います。

 こうした考え方に沿って、1970年代に2型ヒスタミン受容体の阻害剤(H2ブロッカー)が消化性潰瘍治療剤として開発されました。胃酸分泌を抑制するお薬で、それまでの胃粘膜保護剤や抗コリン剤や酸中和剤に比べて格段の効果を示し、外科療法が不要になってしまったほどの医療上のインパクトがありました。その後、プロトンポンプ(H+, K+‐ATPase)阻害剤によって胃酸分泌をさらに強力に抑制することができるようになりました。これらは過剰な成分(胃酸)を抑えるお薬と考えるとわかりやすいのではないでしょうか。

 

糖尿病:

 1型糖尿病では、必要不可欠のインスリンというホルモンが膵臓から分泌されにくくなって起きます。その意味から、必要な体内成分が不足することによっておきる病気のわかりやすい例です。

 1型糖尿病にはお薬としてインスリンを注射することが必要になり、不足する必須成分を補充することが必要です。1型糖尿病患者さまはインスリンを打たないと死んでしまいます。

 2型糖尿病では、インスリンの不足というより、インスリンの効果が発現しにくくなっています。エネルギーとして「血中のグルコースを取り込め」というインスリンの指令を体の細胞が聞かなくなっているわけです。こういう状態は肥満とかかわりがあると考えられています。

 体の細胞がグルコースを取り込む反応が鈍いため、もっとインスリンが必要だと体が判断した結果、膵臓から多く分泌され、高インスリン血症になる患者さまもいます。こういう患者さんは欧米人に多く、普通の人より血中インスリン濃度が高くても、細胞が鈍い反応しか示さないので、インスリンの作用が効きにくくなっている分を量で補っているということになります。しかし、血中インスリンが高すぎると、別の悪いことが起きるので、このような患者さまには、インスリンを投与するのではなく、インスリンに対する反応を敏感にするような治療になります。

 大きくみれば、糖尿病が起きるのは、インスリンの量の不足(1型)と作用の不足(2型)ということになります。その治療は、外から補充するか、感受性を高めるか、何れにしてもインスリンの量や作用の不足を補う方向の治療です。

 最近では、糖の吸収を抑えるお薬、血中から糖を捨て去ることを促進するお薬などもあって、糖尿病による高血糖を改善するお薬もありますが、基本的にはインスリンの量と作用を補う治療です。

 

 最近、DPP-4(Dipeptidyl Peptidase-4) 阻害薬という新しい糖尿病治療薬がでてきたので、その興味深い作用機序をお話します。食後、小腸や十二指腸からインクレチンというホルモンが分泌され、食後に高くなった血糖値にあわせて、膵臓から分泌されるインスリン量を増やし、一方で、グルカゴンの分泌を減らします。インスリンは血糖を下げる作用を持ち、グルカゴンは血糖を上げる作用を持ちますから、インクレチンが、①インスリンを増やし、②グルカゴンを減らせば、両方の作用で血糖はいっそう下がります。

 インクレチンはDPP-4(Dipeptidyl Peptidase-4)という酵素によってすぐに分解され長時間、作用することがありません。このDPP-4の作用を阻害することによってインクレチンの分解を抑え、その作用を長くするお薬がDPP-4阻害薬です。

 糖尿病はインクレチンが不足して起きる病気ではありません。しかし、インクレチンの働きを長くし増強すればインスリンが増えグルカゴンが減るために、高血糖が正常化され糖尿病の治療に使えるというわけです。不足するインスリンを増やすホルモンの働きを強めることによって、インスリンの量を増やすという考え方もあるのです。