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よもやま話

Short Story

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よもやま話

  •  2018.01.15

TPPって、なあに(その1)

 今回は、本格的な新薬開発がどのように進められるのか、その一端をTPP(target product profile)という文書を例にとってお話します。トランプ大統領が離脱したことで、日本でも話題となったTrans-Pacific Partnership とは全く別なものです。

 このお話によって、新薬の開発がどのように計画化され、途中管理され、いくつかもの重要な決定を通過し、開発が進むのか、その意思決定メカニズムと新薬メーカーの社内体制をご理解する一助になると思います。

 

 はじめに-添付文書とは

 TPP(target product profile)をお話する前に、まず、添付文書をご説明しなければなりません。医薬品は承認時までに、必ず、添付文書と言うお薬の説明書が作成されます。

 この文書は医薬品医療機器法にも義務付けられ(第52条)、お薬の使い方、これまでの試験(非臨床、臨床)結果概略、安全性上の留意点が簡潔に記載された数頁のものです。具体的に言うと、販売名、警告、禁忌、組成・性状、効能又は効果、用法及び用量、使用上の注意、薬物動態、臨床成績、薬効薬理、一般成分に関する理化学的知見、包装、主要文献、文献請求先、製造販売元(会社名)など、お薬のプロファイルが一通り分かるようになっています。

 2017年6月8日付けで新たに作成ルールが改訂され[1]、2019 年4月1日より発効されることになっていますが、本質的には変わりありません。

 添付文書の多くは10頁にも満たない小さな文書ですが、開発段階で様々な検討を重ねた結果の集大成であり、お薬を安全に効果的にお使いいただくための基礎的情報の要約です。

 ご覧になるのは、主に医療関係者ですが、一般の方も、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページでお薬の名称を打ち込めば容易に検索でき、ご覧になることが出来ます[2]

 

 TPPの成り立ち

 TPP(target product profile)とは、新薬の開発において「目標とする製品性能」とでも言うべき文書で、最後には添付文書に成長し収斂するものとお考え下さい。つまり、添付文書は、多くの非臨床試験と臨床試験(治験)の結果を踏まえて記述し、完成されますが、TPPは、試験が終わっていない開発の段階から、将来に完成される添付文書を目指して、書けるところは書き、書けないところは書けない理由(多くの場合、試験未完了や不確定要素が主たる理由です)を明らかにして、目標を書いた作成途上の文書なのです。将来の添付文書を目指した途中段階の下書きと、付随する考察を含んだ文書と言ってもよいと思います。

 ですから、開発初期にはきちんと書ける箇所は少なく、データの裏づけがまだ十分でない目標が並びますが、後期になればデータに裏付けられた記述が増えてきます。PMDAの承認審査の後期段階には、当局と製薬企業のやりとりを経て、最終的に添付文書として完成されます。

 このような下書きでしかない文書が、なぜ、新薬の開発の役に立つのでしょうか? どのようなことに役立つのでしょうか? それを説明するため、少し歴史をさかのぼることにいたします。

 もともとTPPは1997年、FDA/アメリカ食品医薬品局[3](Food and Drug Administration)と製薬企業からなる臨床開発合同ワーキンググループから提案された文書ツールで、添付文書の概念によって開発医薬品を要約するテンプレートとして始まりました。

 この書式に沿って開発医薬品の性質をまとめればFDAと製薬企業が情報を共有しやすくなって、両者の議論が円滑、効率的に進むことがわかり、だんだんと広まったものです。特に米国では広く推奨され、作成ガイダンスも公表されています。

 日本では、米国製薬企業の本社と日本支社で、日米の社内コミュニケーションを図る目的などで使われ始め、多くの工夫をこらされ機能的に洗練されたものになりました。この文書を開発時にまとめるということは、開発において“これこれの形で承認を取得することを目標とします”と宣言したことになり、例えば、社内の開発チームから開発本部長への宣言にもなり、開発本部長から社長、営業本部長、生産本部長などボードメンバーへの宣言にもなるのです。

 これをもとに、現時点でいくらまでの投資が可能か、という議論がなされることもあり、時には、ある項目において当初の目指した目標に達しないことがわかった時点(多くの場合、結果の芳しくない試験によってわかります)で、開発が中止されることもあるのです。

 使おうと思えば、ここまでの機能を付与して強力な社内文書にすることができますが、各社がそれぞれの判断で自由に使っているようです。

 

TPPの特徴

 TPPの特徴には次のようなことが上げられます。

 

① 開発早期から作成し、開発途中のさまざまな管理、推進、意思決定に利用できます。

② 初期には、まだ、データの裏づけのない目標(会社や開発チームの夢と言ってもいいでしょう)を書いた箇所が多く、データの集積によって少しずつ裏づけのある記述に置き換わっていきます。常に改訂を要する“生きた文書(生もの、living document)”であり、承認取得時に初めて完成されます。それが、すなわち添付文書です。

③ 決して一部門では作成できず、他部門との共同作業によって初めて作成できます。

④ 各パートは互いに関連性が深く、一箇所に触れれば影響は多くの部分に及ぶ構造であるため異なる要件の関連性が明らかになり、自ずと課題と問題点をあぶり出しやすい文書と言えます。

⑤ 開発初期では、開発に決定的な影響を及ぼす項目について未確定の記述しかできないため、次のような3つ程度のシナリオを想定した注釈(アノテーション)をつけておくと、いろいろ便利です。

  • Optimistic(素晴らしい目標):達成できれば素晴らしいが、達成できなくても製品の存在価値を大きく損なうわけではない。一歩でも近づくことを目指した目標で、会社の夢に相当します。
  • Base(標準的な目標):実現可能性が高く、医学的に求められる目標。薬の基本的な将来像を描く基礎とすることが多く、薬価の予測、売上予測などは、このプロファイルを元になされることが多いと言えます。この目標が達成できれば、まずまず合格点のつく新薬として開発に成功したことになります。
  • Pessimistic (最低限のライン):開発する意味を見出せる必要最低限のプロフィル。この最低限ラインを割り込めば、新薬として存在価値を見出しにくくなり、多くの場合、開発を中止とします。

 

 まだ試験が完了していないために記述できない箇所には、たとえば次のようなことを書くことになります。

「現在進行中の(あるいは実施予定の)これこれの試験の結果が明らかになる○年○月に、記述する予定である。」

 このような短い一文でさえ、これを書くためには、試験計画、試験スケジュールが立案されていなければなりません。ですから、今は書けないとしても、書けるようになる時期、そして、書けるようになる根拠データを事前に特定し示しておくというのは、すでに相当に計画化が進んでいることを示唆します。

 書けるようになる絶対的な時期(年月)や、開発着手時を起点とした相対的な時間(開発着手から何年何ヶ月目)、あるいは、こうした事が起きれば書けるというようなイベントの順序付けなどを組み立てておくことは開発上、とても重要です。


[1] 医療用薬品の添付文書 等の記載要領について 薬生発0608第1号
https://www.pmda.go.jp/files/000218446.pdf 
[2] 医療用医薬品情報検索 http://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuSearch/
[3] FDAは、アメリカ合衆国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の政府機関。連邦食品・医薬品・化粧品法を根拠とし、医療品規制、食の安全を責務とする。

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