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Short story

  • 2017年8月15日

予防薬と治療薬(その5)

 これまで、いろいろな例を挙げて予防薬の概念を広く考えてきました。このテーマの最後に、「死を予防する」という話をしなければなりません。今日は、死んでしまう病気において、「死を予防する」ことをどのように臨床試験で検証するのか、わかりやすくお話したいと思います。もちろん、健康な人の死を予防するという話でないことは言うまでもありません。

 

 治療薬を突き詰めると、かなり予防薬に近くなることもあります。例えば、抗がん剤(これは治療薬です)では、治療後の生存期間を評価することが必要です。この試験では、「死」という悪い出来事を予防できるか、という観点から評価手法が選ばれます。

 こうした手法では、生存曲線が作成され、そのために生命保険数理法やKaplan-Meier 法などが用いられます。試験の最初には全員の患者さまが生きておられますが、抗がん剤を投与して経過を追う過程で次第に亡くなる方がでてきて、生存する患者さまが減ってくる現象が観察されます。

 現在の抗がん剤の開発では、OS(overall survival:全生存期間)において、患者さまを生存期間の短い順にならべたとき、ちょうど真ん中の番目にあたる患者さまの生存期間を取り上げ(中央値といいます)、それを、治験薬を使った患者さまと比較薬を使った患者さまの群の間で比べることが推奨されています。長いほうが死を避ける効果が高いとみるのです。

 かつては、抗がん剤によって固形がんがどれくらい小さくなったか、という観点から抗がん剤の薬効を評価したデータで抗がん剤が承認された時期がありましたが、がんが小さくなったところで、小さくならなかった方と同じように早く亡くなってしまうのでは意味がないということが言われ、このような生存期間のデータで承認の可否を審査されるようになりました。

 また、生存期間とは別に、治療開始後5年目で生存しておられる方の率を5年生存率、10年目では10年生存率という指標でがんに対する治療効果全体を評価することもあります。

 2017年2月、国立がん研究センターは、がんと診断された患者さまが治療開始後5年に生存している割合『5年生存率』が69.4%で、最初に調査を行った1997年の調査と比べて7.4ポイント上昇し、年々、改善傾向にあると発表しました。これは、化学療法や検査技術の進歩の結果だと分析されました。

 

 治療剤としての抗がん剤は、死なないようにする薬であり、一般的な言い方ではありませんが、がんに罹ったあとの時期において「死」に対する予防薬でもあるようにも思います。

 本当のがんの予防薬は、がんに罹らないようにしてくれるお薬です。しかし、誰が飲む(使う)のか、いつから(どうなったら)飲む(使う)のか、どのくらいの量を飲む(使う)のか、安全性の観点からどのくらいの期間飲む(使う)ことができるのかなどなど、お薬である以上、こうした必須事項を明らかにして、がんにならないお薬を開発することは容易ではないと思われます。

 

おわりに

 予防薬を理解するため、分かりやすい例としてインフルエンザワクチンを上げてみました。これはインフルエンザに罹りにくくするお薬です。ウイルス感染症の中には、天然痘のようにある条件が整えば、ワクチンを使って撲滅することもできるものもあります。予防の最も素晴らしい姿と言ってもいいでしょう。

 次に、片頭痛や心房細動を例に、ある病気に罹った患者さまに起こる発作を防ぐという予防薬があることを述べてみました。これらも予防薬の一種ですが、ある病気の一環として起きる悪い出来事を防ぐお薬であり、その病気そのものに罹らなくする予防薬ではありません。そういう意味で、ワクチンのような完璧な予防薬よりは、位が落ちるかも知れません。

 ひろく見れば、がん患者さまに起きる悪い出来事「死」を予防するのが抗がん剤であるという見方もあるのかもしれないと考えました。

 ある病気(たとえば、高血圧、糖尿病、痴呆)そのものに罹らずにすむお薬が本当の意味の予防薬として次の目標になるかもしれませんが、一般的には、難しい道のりの果てに位置する課題に見えて、私などは気の遠くなる気さえいたします。