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Short story

  • 2017年6月15日

予防薬と治療薬(その1)

 今回は、病気に罹らないようにするお薬と、罹った病気を治すお薬の違いについてお話します。

 予防薬は、まだ病気になっていない人が病気に罹らないように、あるいは、罹ったとしても軽くすむように、事前に使う薬だといえるでしょう。それに対して、治療薬はすでに病気に罹った患者さまに使って、病気を治す、あるいは症状、病態を緩和し、悪化を抑える薬だと言えるでしょう。

 お薬の違いはこれだけではありません。健康保険における扱いの違い、臨床試験で評価に用いる手法の違いなどがあって、両者には大きな違いがあります。治療薬が直ちに予防薬になるというわけではないのです。

予防薬とは-ワクチンを例に

 たとえば、インフルエンザワクチンは、まだインフルエンザに罹っていない時期に接種します。インフルエンザワクチンの外に感染症ワクチンはたくさんあって、いずれも罹る前に接種して大きな効果が認められています。これらは、発症の原因となるウイルスや細菌に対して抗体(生ワクチンでは細胞免疫も)を作らせ、ウイルスや細菌が体に侵入しても排除できる体の準備(免疫)を促すお薬で、これがすなわちワクチンです。

 かつて天然痘は人類をひどく苦しめたウイルス感染症でしたが、いまやワクチンを使って撲滅されてしまいました。現在、天然痘に罹っている人も、これから罹る人もいないのです。最近は、種痘することもなくなりました。
天然痘の撲滅は医学の大きな勝利の一つに必ず挙げられ、予防医療の最高の成果です。天然痘はヒト以外に感染しないため人間のみの対策で対処でき、さらに種痘(ワクチン)による完全な予防法が確立されていたので、撲滅は原理的に可能であると考えられていました。

 少し専門的になるかもしれませんが、国立感染症研究所のIASR(病原微生物検出情報 Infectious Agents Surveillance Report)Vol. 36 p. 135-137: 2015年7月号の記事では、

① WHO/世界保健機関のアメリカ地域における風疹の排除および先天性風疹症候群(CRS;congenital rubella syndrome)の発症予防が他の地域に先駆けて認められた。
② アメリカ地域においては1971年の天然痘の根絶および1994年のポリオの根絶に続く排除認定である。
③ 2003年にアメリカ地域は2010年を風疹およびCRSの排除年として定め、風疹含有ワクチン定期接種の導入と大規模な追加接種キャンペーンを実施してきた。
④ この手厚いワクチン戦略とサーベイランスの強化によって急速に流行を制圧することに成功し、2009年のアルゼンチンでの遺伝子型2Bウイルスを最後に土着株による流行が途絶えたことが示されていた。

と書かれています。

 また、欧州地域では、2013年、ポーランドの大規模流行を受けて風疹患者報告数は多かったのですが、14年には激減しました。日本を含む東南アジア地域では、2020年までに風疹および先天性風疹症候群を排除することを目標としています。

 このように、天然痘の撲滅に満足することなく、世界ではワクチンを用いて、たとえば風疹のようなウイルス疾患の根絶に向けて努力が積み重ねられています。特に、ヒト以外に感染せずワクチンが確立されたウイルス感染症は、ワクチンによってその地域の住民全員が抗体を持ち、かつ感染中の患者全員が治れば、そのウイルスは撲滅できるのです。この地域を徐々に全世界に広げれば、地球上からそのウイルスを撲滅することができるのです。

 

他の予防薬の例

 感染症のワクチンは予防薬を代表するものの一つですが、たとえば次のような病気にも予防薬があります。予防薬の概念を深めるため、別の観点からも考えて見ましょう。

 

片頭痛の予防薬

 ワクチンの予防効果とは少し異なる概念になりますが、片頭痛という病気では、発作を抑えることが重要です。

お薬 もともとの適応 推奨グレード 保険適応*
 デパケン/バルプロ酸  てんかん
 トピナ/トピラマート
 トリプタノール/アミトリプチリン  うつ病 ×
 インデラル/プロプラノロール  高血圧
 セロケン/メトプロロール ×
 ミグシス/ロメリジン  片頭痛予防

 *)○:適応 △:保険診療において片頭痛に対する適応外使用が認められている ×:保険適応外

 「片頭痛発作の発症抑制」という適応症が承認されたお薬が、保険の適応(表中○)になっています。一方、慢性頭痛の診療ガイドライン2013(日本頭痛学会)においてAグレードとして片頭痛の予防薬に推奨されていても、片頭痛発作の抑制(予防)という適応が承認されていない(申請していない)お薬は保険の適応になっていません(表中×)。

 これらのAグレードのお薬を用いて頭痛発作を予防することは、医学的に推奨されますが、保険適応にならないお薬もあるということです。例外はトピナがあるのみです。

 デパケンとインデラルの添付文書には「発現した頭痛発作を緩解する薬剤ではないので、本剤投与中に頭痛発作が発現した場合には必要に応じて頭痛発作治療薬を頓用させる」旨、明記され、治療薬(たとえばトリプタン系のお薬など)と区別されています。発作を防ぐお薬(予防薬)と起きた発作を鎮めるお薬(治療薬)が違うものであることを理解するには良い例だといえるでしょう。

 ただ、これらの例は、あくまで、片頭痛の患者さまにおいて頭痛発作を発症抑制(予防)するお薬であり、片頭痛という病気そのものに罹ることを予防するお薬ではありません。言い換えると、ある発作性の病気に罹ったあとに、発作を抑えるという目的で用いる「予防薬」であり、その病気に罹らないための予防薬ではありません。

 当然、片頭痛に罹ってもいない方が使う薬ではありません。何を予防するのか、「予防」の意味を正確に理解することが大切です。

 

血栓塞栓症とその治療/予防の薬

 ワーファリンというお薬の【効能・効果】は、
血栓塞栓症(静脈血栓症、心筋梗塞症、肺塞栓症、脳塞栓症、緩徐に進行する脳血栓症等)の治療及び予防』
とされています。

このお薬は、血小板の凝集を抑える作用をもつため、固まった血(血栓)が血管内で詰まること(塞栓)によって引き起こされる各種の疾患の予防薬になります。

 たとえば、心房細動という不整脈では心臓の中で小さな血栓が生じやすくなり、その血栓が血流に乗って脳血管に詰まれば脳梗塞を起こします。著明な野球の選手(名選手として活躍されたあと、監督になられました)がこの病気を起こしたことで、心房細動の恐ろしさが喧伝されたことがありました。

心房細動の患者さんは、抗不整脈薬を飲んで不整脈(の頻度)を抑えるだけでなく、不整脈によって血栓ができないように、たとえばワーファリンなどのお薬を飲むことが多いのです。

抗不整脈薬は不整脈の治療剤、ワーファリンは脳塞栓症の予防剤ということになり、予防薬の概念が理解しやすい例といえるでしょう。