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よもやま話

Short Story

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よもやま話

  •  2017.06.01

依存って、なあに

依存を理解するために

 仮に、あなたが喫煙者であるとして、次のような場面を想像してください。ある日、あなたは出張し、仕事に疲れてホテルに戻ってきました。夜は更け、寝衣に着替え、お風呂に入って寝ようと思いました。入浴の前に、一服の紫煙を楽しもうと思ってポケットを探すと、さあ大変、あいにく箱は空でした。

 このとき、あなたは、タバコがないのだから我慢して吸わずに入浴して寝るでしょうか? それとも寝衣から服装を整え、ホテルのロビーにタバコを買いに部屋を出るでしょうか? さらに運悪くホテルでタバコが買えないことがわかったので、近所のタバコ自販機を探しにホテルを出発するでしょうか? もっと運悪く半径1km以内に自販機がないことが分かれば、遠くの自販機を探し1km以上を歩いて買いに行くでしょうか? 半径10km以内に探せないときは、タクシーに乗ってでも買いにいくでしょうか? それでも手に入らないときは、通りがかりの人から盗んででもタバコを手に入れようとするでしょうか? さらに、さらに……?

 タバコごときで、盗みを働く人はいないと思いますが(これが大切なことです)、法律を犯してでも入手し服用したいほど“魅力にあふれた”ものが世の中にはあるようです。社会生活を普通に送れる幸福を犠牲にしてでも、手に入れ服用したいもの(依存性薬物)に魅せられた人が、最近、話題になりました。

 

 依存とは、服用するといいことが起き、再び摂取したいという欲求が容易に抑えられないくらいに強くなり(精神依存)、一方、服用しないと悪いことが起き、頭痛、不眠、幻覚、妄想などの身体的症状(離脱症状、退薬症候)があらわれ(身体依存)、悪いことを回避するために摂取を続けたい欲求が起きるという両方の要因が関与します。

 基本的な食べ物は依存性薬物と同じように、空腹になれば食べたい欲求が引き起こされ、食べずに必須栄養素が欠乏すれば身体的症状も惹起されます。あまりに空腹になれば、どんなことをしてでも手に入れて空腹を満たそうとする欲求も理解できます。食べ物と依存性薬物とは、いずれも摂取したい欲求を引き起こす作用(強化効果、または報酬効果)があり、不足すれば悪いことが起こり、似ているようにも思えますが、何が違うのでしょうか?

 それは、依存性薬物に依存がない人はこの薬物を摂取しなくても何も問題はありませんが、基本的な食べ物は、どんな人にも必要だということです。基本的な食べ物に含まれる必須栄養素が欠乏すれば死んでしまいます。

 一方、好きな人にとって、たとえば、お寿司は強い報酬効果があって、高い料金を払ってでも食べようと思うでしょうが、法律を犯してでも食べようとは思わないでしょう。強奪をしてでも食べたい食べ物があれば、それは依存性薬物と同じ扱いをしてもいいと思いますが、そこまで強い報酬効果を持つ食べ物は知られていません。

 このようなたとえ話によって、必須栄養素を求める欲求と、依存さえ形成されなければ摂取しなくとも何の問題もない薬物を求める欲求とは自ずと異なることをおわかりください。

 

新薬開発における依存性の評価

 新薬を開発するとき、特に、中枢神経系のお薬では、依存性の有無がとても重要なことになります。そこで、臨床試験に入る前にラットで依存性の有無を確認するため、薬理試験を実施します。

 ラットに摂取したいという欲求を引き起こし、それはどのくらいの障害を乗り越えてでも摂取したいとラットが思っているのか、その報酬効果の強さをどのように測るのか、という問題です。難しいように思えますが、すでに次のような方法が確立されています。

 ラットの静脈にカニューレを挿管し、ラットがレバーを押すと薬物がインフュージョンポンプから自分の体に自動で注入されるようにしておきます。初めはラットも状況がわからずレバーを押しませんが、たまたまレバーを押して薬物が注入されると、それが快感であれば、次第にレバーを押すようになります。そのような薬物は強化効果(reinforcement)があるとみなされます。強化効果が強ければ、レバーを積極的に押すラットになっていきます。

 そこで、今まではレバーを1回押せば、薬物が注入されることになっていた仕掛けを、2回押さなければ注入しないようにする、さらには、5回、10回と押さなければならないように、レバー押しの回数設定を増やしていくとどうなるでしょうか?

 10回押さなければ注入されない、つまり摂取するのに手間がかかれば、もういらない、とばかりにレバーを押さなくなる薬物があります。そこまでしてまで、摂取したくはないという薬物ですから、あまり強化効果は高くない、つまり依存性は強くないと判断できます。

 すごい薬物ですと、百回押して1回の薬物注入があるほどの条件でもレバーを押し続けます。結局、ラットは一日中、レバーを押し続けるようになって、疲れ切ってしまいます。これは強い強化効果があると判定できます。

 薬物が1回注入されるに必要なレバー押しの回数をFR(Fixed ratio)といいます。初めはFR=1すなわち1回押せば1回注入されるようにし、次第にFRを上げていきます。すでに依存性の強い薬物から弱い薬物まで知られていますから、そのような薬物とレバー押しを止めないFRを比較すれば、依存性の強さが評価できるというわけです。

 注入してほしくて、一日中、すごい勢いでレバーを押し続けるラットをみれば、鬼気迫るものを感じ、いかなる障害でも乗り越えて手に入れたいと欲求する依存の怖さが心に染みるように思われます。ここまでの強い依存ではありませんが、弱い依存性が知られるお薬もあって、管理に規制がかけられることがあります。

 

 最近、厚生労働省から、抗てんかん薬、催眠鎮静剤、抗不安剤の42種類(一般薬名ベース)のお薬に、依存の形成を避けるため添付文書に各種の注意事項を追記するよう指導されました[1]。依存性はお薬の安全性の重要な観点なのです。

 


[1] 平成29年3月21日付:厚生労働省医薬・生活衛生局安全対策課長発/薬生安発0321第1号

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